キャラクターメイキング

 視界いっぱいに広がったRhetoric Pray Onlineの文字から小文字表記されたものが消えて大文字がくっ付き、デザインされて文字へと歪んでRPOとロゴが表示された。

 そのロゴから景色が噴き出して辺りは満月が照らす雪に閉ざされた庭園へと変わる。

 そして歩月ほづきの前には、月のように光る花びらを周回させている巫女服を着崩した女性が立っていた。

 いや、それはもう巫女服と呼んでいいのか疑問に思うくらいに改造されていた。花魁のように襟ぐりは大きく抜かれて肩も背中も胸の膨らみの上半分まで露出しているし、袴はミニスカートのように短くなっているし、髪も持っていて簪がシャンデリアのように煌めいている。

「こんちゃー。よく来たっしょ、来訪者さん♪ レトリック・プレイ・オンラインRPOへよーこそー♪」

 前傾姿勢になって目元でピースを決めた巫女だか遊女だかギャルだがJKだかよく分からない女性はノリ良く挨拶をかましてきた。

「こんちゃー。また随分とぶっ飛んだナビゲーターだね」

 もっとも歩月は現役の女子中学生で陽キャで青春している。相手のノリの軽さはむしろばっちこいだ。

「ウェーイ! ノリいいね、最&高じゃん、アガるー♪ ウチはあそばなゆーてRPOの管理AIの一人だから、いつでもなんでも頼っておーけー的な?」

「さっすがクヲン製の超AI、既成概念なんて粉砕してくれてんね。よろー」

「よろよろー♪」

 遊び花が楽しそうに両手を振ってくるから、歩月も鏡映しで振り返した。

 話しているだけで楽しくて気分が上がって来る。この時点でこのゲームをプレイするのを決めて大正解だ。

「んじゃま、ちょっぱやだけど、キミのプレイヤーネーム決めてくんね?」

 遊び花が手首を返して歩月を指差した。

 そこは管理AIらしいというか、仕事を忘れてお喋りに没頭するノリ優先な生き物ではないらしい。

「あ、ごめん。名前も決めてあるけど、その前に〔ファミリー〕の事前申請コードを受け取ってくれる?」

「お。ダチと一緒にプレイとかアオハル全開じゃん! おけまる水産、お姉さんにとっとと寄越しー」

 遊び花がバッと差し出してきた手のひらに、歩月は右手を乗せる。

 事前に運営会社クヲンに発行してもらった、最初から他プレイヤーと一緒にプレイするための申請コードが遊び花に提示される。

 たった一つの瞬きの間に、遊び花はその処理を終える。

「三人分の個別IDを確認、申請許可。……おっけ、これで〔箱庭〕の接続したし、サービス開始からフレとプレイできっから安心なー」

「ありあり」

「仕事だし、気にすんなしー。んで、順番前後すんだけど、〔箱庭〕に繋がる最初の街的なやつ、三人の内の誰かが選ばんといけんけど、どするー? キミが決めると他の二人は好きなとこ選べんくなるっしょ」

「あ、あたしが決めるから、それでよろ」

「おけまるー。じゃ、キャラメの最後に訊くからよろー」

 雪菜せつなはVRそのものに慣れていないし、沙羅さらは物臭の極みみたいな生き物だし、ゲーム慣れしている歩月が決めると打ち合わせ済みだ。

「そいじゃ、改めて、プレイヤーネーム決めてちょ」

「ミナルーシュ」

 歩月――ミナルーシュは、取り違えがないように自分の名前だけを告げる。これだけ高性能で言語系も発達しているAIなら文章でも名前の部分を区切って判別するのは余裕で可能だと思うが、ゲーマーとしての癖だ。

 すぐに『ミナルーシュ』と表記されたダイアログがカラーの目の前に現れる。

「間違ってなさげ?」

「おけ」

「おけおけ。んじゃ、次はRPOで使うアヴァター設定だけど、作り込んでっし、それそのまま使う系?」

「そだよー」

 遊び花は指で丸を作ると、ミナルーシュに手を翳してから自分の横に振り下ろした。

 すると遊び花の横にミナルーシュのアヴァターが複製されて現れる。

「これがRPOの舞台、レトリックランドでミナルーシュが使うアヴァターな。これ、魔力で作られてっから、〔HP〕だけじゃなしに〔MP〕がゼロになっても〔デスペナルティ〕になっから気を付けなし?」

「そっちのタイプのシステムなのね。理解」

 ゲームによってはMPがなくなってもスキルや魔法が使えないだけなものもあるけれど、RPOは〔MP〕切れでも死亡判定のシステムらしい。魔力で作られた体という設定だから、〔MP〕がなくなったら維持出来なくなるという仕組みなんだろうとミナルーシュは納得する。

「んで、次は〔ルーツ〕を選んで。〔ルーツ〕はプレイヤーの〔魔術〕の使い方決めるやつで、選ぶと〔スキル〕とか〔アイテム〕とかもらえるかんね」

 RPOは〔魔術〕がシステムの中核を成している。なんとプレイヤーが自分で考えた〔詠唱〕によって個別の〔魔術〕が発動するのだ。

 他の誰のものでもない自分だけの〔詠唱〕だなんてミナルーシュはRPOの前宣伝の時から厨二心をくすぐられた。

 ミナルーシュの目の前に〔ルーツ〕の一覧が表示されたシステムウィンドウが現れる。

 〔ルーツ〕はかなり多くてスクロールしないと見れていないのもあるのに、ミナルーシュはその一番上を指で押した。

 その〔ルーツ〕は〔魔術師Wizard〕、能力値は全て平均になっていて、〔スキル〕も〔魔術〕の使用をアシストするものが多くなっている、初心者向けと振れ込みされているものだ。

 ゲームに慣れていなくてどんなキャラクターを作ってくるか分からない雪菜と、どう考えても支援向きなキャラクターを作るのが目に見えている沙羅、この二人をサポートしつつゲームを進めるのには、無難であるからこそプレイヤースキル次第でマルチな性能を出せるシンプルな〔魔術師〕がいいとミナルーシュは予め決めていた。

『〔魔術師:Wizard〕

 初心者向けの〔魔術〕のシステムサポートが豊富。性能も癖がなく使いやすい。


【能力値】

 〔破壊〕10

 〔妨害〕10

 〔治癒〕10

 〔祝福〕10

 〔呪縛〕10

 〔創造〕10

 〔HP〕100

 〔MP〕100


【能力成長値】

 〔破壊〕2

 〔妨害〕2

 〔治癒〕2

 〔祝福〕2

 〔呪縛〕2

 〔創造〕2

 〔HP〕10

 〔MP〕10


【魔術補正値】

 〔効果〕1

 〔拡大〕1

 〔識別〕1

 〔成功〕1

 〔代償〕1


【初期取得】

 〔スキル:ネーミング〕

 〔スキル:メンタルリッチ〕

 〔スキル:スペルセット〕

 〔アイテム:魔導書〕

 〔アイテム:ローブ〕


 この〔ルーツ〕を選択しますか?

 『Yes』 『No』』

 本当に初期の〔能力値〕もレベルアップした時の〔能力成長値〕も、〔魔術〕の性能に影響する〔魔術補正値〕も綺麗に均された数値だ。

 ミナルーシュは念のために〔スキル〕と〔アイテム〕の性能もタップして確認しておく。この辺りは未公開の情報でミナルーシュも初見になる。

 〔ネーミング〕は元から設定された〔魔術〕が提示されて、その〔魔術〕に〔詠唱〕を加えて強化出来る。

 〔メンタルリッチ〕は〔MP〕を増やしてくれる。

 〔スペルセット〕は事前に〔詠唱〕した〔魔術〕をセットして、その後は〔MP〕を消費するだけで〔詠唱〕なしで〔魔術〕を発動出来る。

 〔魔導書〕は自分が持っている〔魔術〕を自動で記録して性能を確認出来る本で、〔ローブ〕はそのまま全身を隠すような上着だった。

 見れば見るほどに癖がない。ミナルーシュはその内容に満足して『Yes』をタップした。

「よっしゃ。じゃー次は、〔ルーツ〕で決まった〔能力値〕に12ポイントあげっから好きに割り振って。〔HP〕と〔MP〕は1ポイントで5上がるっしょ」

 遊び花の説明と共に、今度はゲーム用のアヴァターの前にディスプレイが展開されて〔能力値〕が表示された。そこに触れてポイントを割り振ることが出来るようだ。

 ちなみにキャラクターの〔能力値〕はその項目を見れば分かる通り、身体能力のようなアヴァターの操作性に関わるものではなく、どんな〔魔術〕に優れているかという〔能力値〕だ。アヴァターの身体能力はキャラクターによって変化しないと公式から情報が出されている。

 ミナルーシュは攻撃する〔魔術〕に関わる〔破壊〕に4ポイント、アヴァターの強化に関わる〔祝福〕に8ポイントを割り振った。予定では〔MP〕にもポイントを振るつもりだったけれど、〔メンタルリッチ〕という嬉しい誤算があったのでその分も〔魔術〕を伸ばす方に使えた。

「おつー。そんで、〔魔術師〕でもらえる〔アイテム〕をアヴァターに反映してっと。こうなんね」

 遊び花の横に立つミナルーシュのアヴァターの手に表紙もページ数もぶ厚い本が乗せられて、足元まで隠す〔ローブ〕か着せられる。〔ローブ〕のフードは降ろされた状態で顔は隠れていなかった。

「おけ?」

「これ、〔アイテム〕の見た目っていじれたりしない?」

「せんねー。めんご」

 見た目だけオシャレには出来ないと知らされて、ミナルーシュはむぅと唇を尖らせた。ゲームの仕様についての文句は運営に送らないと反映されないので、この場では言葉にしないで残念だと態度だけに出す。

「そんじゃ、ミナルーシュの意識をゲームのアヴァターに移すよー」

 遊び花は言い終えるとミナルーシュに向かって手のひらを見せた。するとミナルーシュの姿が光の粒に崩れて遊び花の手に引き寄せられる。

 遊び花は手をそのままゲーム用のアヴァターに向けて振ると、ミナルーシュだった光はその中へと吸い込まれる。

 アヴァターが目を開くとミナルーシュの意識は無事にそちらへと転送されていた。

「それとー、これ上げんねー」

 遊び花が一つの箱を差し出してきた。二つの手のひらの上に乗るくらいの大きさで黒光りしてミナルーシュの顔を映し出すような高そうな箱だ。

「開けてみそ?」

 その箱を受け取ったミナルーシュは言われるままにぱかりと蓋を外す。

 なんと箱の内側は全ての面が鏡になっていた。それは蓋の裏も同様だ。

「これがウチの〔神器〕の【鏡箱かがみばこ】な。これから〔箱庭〕に送っけど、そこに納めときー。いろいろ便利な機能が満&載されてっから」

「うん。ありがとね、女神さま」

 この〔神器〕というのが、プレイヤーをレトリックランドという世界に送る起点になる、という設定だ。なので〔ログイン〕と〔ログアウト〕を始めたとした様々な機能が公式情報で伝えられている。

「よっしゃ。じゃ、さっきも言ったけど〔箱庭〕に繋がってる最初の街を決めんべ。この三つから選ぶといいし」

 遊び花の前に、アプリケーションスフィアのように街の景色が映った丸いウィンドウが現れた。

 月明かりの下で建物をたくさんの花が飾り、馬車や列車の駅らしき廃墟も見られる【遊花ゆうか駅街えきがい】。

 月光が寒さと雪に跳ね返って眩い、巨大な壁に囲まれた【毀月きげつの要塞都市】。

 雪に埋もれる中で寒さに耐える花がひっそりと咲く社殿を構えた【香雪こうせつ社都しゃと】。

 どれもそれぞれに美しい見た目の街だ。

「せっかくだし、遊び花と同じ字が入ってる駅街にするよ」

「お、うれしーこと言ってくれんじゃん」

 ミナルーシュが【遊花の駅街】を選んだことで、他の二つの景色はふっと蝋燭の火のように消えた。そして【遊花の駅街】を映したウィンドウがミナルーシュの持つ【鏡箱】の中へと吸い込まれる。

 ミナルーシュは何となく、【鏡箱】の蓋を閉めてきっちりと中身を納めた気分に浸る。

「んじゃ、今日はこれでおしまいな。明日の十時からサービス開始だから、その後になったら〔箱庭〕に送ってあげるかんね。〔箱庭〕はミナルーシュ達が好きにいじれるけど、これはレトリックランド救ってくれるミナルーシュ達への先払いだよ。レトリックランドは今、〔エンヴォイ〕ってのに襲われて、ほとんどなくなっちゃってんの。その世界を取り戻して、再生して。お願い。頼んだ」

「ん。絶対また来るし、世界も救うから安心してよ」

 今までやって来たゲームでも、ミナルーシュは何度かその世界を救ってクリアしてきた自信を持っている。ゲームだからって、軽く見たりしない。

 少なくとも、顔を曇らせる遊び花の悲しみと苦しみは本物だと、もう現在の科学は証明してあるんだから。

 遊び花に向けて、ミナルーシュは任せておいてと気持ちを込めて親指をグッと立てた。

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