能力制限

 イナバの名付けも終わって、三人は森の探索を再開する。

「でも、クシャナも戦ってもらわないと貢献度少なくて経験値入らないんだよね」

 猟犬の刃や燕の影を飛ばしてオートで敵を襲撃しているミナルーシュが今更そんなことを思い出した。

「貢献度?」

 しかしゲームがほとんど初めてのクシャナは言葉の意味が分からなくてそのまま聞き返す。

「あー、貢献度ってのはあれよ。活躍したプレイヤーにたくさん経験値入るやつ」

「うん?」

 ミナルーシュの雑な説明では的を得てなくて、クシャナはまるでなんにも分からないままだった。

 そんなミナルーシュのとりとめのなさにルゥジゥはため息をつく。

「敵を倒した時に経験値が入ってレベルが上がるのは分かるだろう? その経験値ってやつは敵の種類によって量が決まってるんだけど、複数のプレイヤーでそいつを倒した時に経験値をどう分配するのか決めるのが貢献度、つまりどれくらい敵を倒すのに役に立ったのかっていうので計算されるシステムだよ。これはダメージを与えた以外にも、回復、バフデバフ、防御なんかも細かく計算されるわけだ」

 ルゥジゥはクシャナのために説明をしてくれた。ミナルーシュの尻拭いというのが苛立たしかったけれど、それでクシャナが割を食わせられなかった。

「なるほど」

 ミナルーシュと違って詳細で的確なルゥジゥの説明でクシャナも理解が及んだようだ。

「つまり戦闘に参加すればいいのね」

「そうなんだけど、敵が目の前に来る前に殲滅してるバカがいるんだよね」

 二人はそろって白けた眼差しをミナルーシュに向ける。いや、二人だけでなくクシャナの腕の中に抱えられたままのイナバも心なしかそんな眼差しでミナルーシュを見ている気がする。

「なんか強くてレアなやつとか出てこないかな。パーティ人数で出て来る相手って変わる気がするんだよね」

 集中砲火を受けているくせに、ミナルーシュは遭遇する敵が弱いと言わんばかりだ。そもそも遭遇する前にミナルーシュの方から奇襲をしている。

「クシャナ、人生の伴侶にはちゃんとしたやつを選んだ方がいいよ。アレは教育するのめんどくさいよ」

「うーん……まぁ、別にミナルーシュを選ぶとは限らないしなぁ」

「ちょっと、せめて本人に聞こえないとこで言いなよ」

 親友二人から品定めをされた上で商品価値が低いと判を押されたミナルーシュが苦情を寄せるが、それすらも残念で二人と一匹はそろって首を横に振った。

「あ、てか、今思い出した。クシャナに使ってほしい〔スキル〕あるんだよね」

「え? わたし、新しく取れるのないよ? ないよね?」

「ちがうちがう。クシャナが取るんじゃなくて、あたしの〔スキル〕をクシャナが宣言するの。〔奴隷〕の〔スキル〕」

「ああ、そういうのもあるの?」

 〔奴隷〕は自分の管理を他人に委ねる〔ルーツ〕で、通常では本人に制限をかけ、所有者が〔スキル〕を宣言してそれを解放するものがある。

 さっきからミナルーシュはその制限を受けた状態でいたから、〔魔術〕の威力は下がっているのだった。

「そ。とりあえず〔魔術規制〕ってやつ。これがあるとさー、【魔術補正値】が全部0.1になるんだよね。えぐい」

 実際には〔隷属〕という〔スキル〕の『〔奴隷所有権〕を持つ相手が〔ファミリー〕の時【魔術補正値】の最終値に0.5を加える』効果が適応されているので、【魔術補正値】は0.6になっているのだが、〔魔術〕の能力全てが六割しか発揮されていないので厳しいのには違いない。

「うん、わかった」

「ありがとー。えっとね、十秒ごとに使ってくれる?」

「え」

「お前、クシャナにそんなくそめんどくさいことさせるなよ」

 ミナルーシュが〔魔術規制〕を確認すれば、一回の宣言で効果が消失する時間はたったの十秒だった。常に万全の状態で戦いたいミナルーシュは、平然と効果が戻る度に宣言してほしいとクシャナにおねだりするが、当然のごとくルゥジゥに罵倒される。

「しょうがないじゃん! 〔スキル〕がそうなってんだもん!」

「だからって十秒ごとに宣言するとかクシャナの負担を考えろっての!」

 ミナルーシュは悪いとも思ってない態度でルゥジゥに噛み付き、ルゥジゥも額に怒りマークを表示させて言い返す。

 二人のケンカの原因となっているクシャナはあわあわと困り果てていた。

 そんなふうに騒いでいたからだろうか。

 近くの茂みでがさりと音がした。

 大声で言い争っている二人はその音に気付いていなくて、クシャナとイナバだけがそちらに顔を向ける。

 茂みから飛び出してきた木彫りの熊が、自分に反応したクシャナに向かって襲いかかってきた。

 イナバがクシャナの腕の中で甲高い悲鳴を上げる。

 クシャナはぎゅっとイナバを抱いた腕に力をこめて、しかしとっさに取れた行動はそれだけだった。

〈純白の乙女の盾よ、あたしの嫁を守れ〉

 熊の腕がクシャナに届く寸前に、ミナルーシュが早口な上に途中で〔詠唱〕を投げ出して即興に仕上げた〔魔術〕が結界となってクシャナの目前に展開された。

 ミナルーシュの〔魔術〕はバチリと熊の硬い木の腕を弾き返してクシャナへのダメージを防ぐ。

「クシャナに手出してんじゃねー!」

 ミナルーシュは怒り任せに〔スペルセット〕した猟犬の刃を発動して、出現した七本全てを木彫りの熊に殺到させて八つ裂きにする。

『〔槐熊〕を倒しました。

 ミナルーシュが【馥郁ふくいくな花】を7個取得しました。

 ミナルーシュが【滴る月光】を5個取得しました。

 ミナルーシュの〔奴隷〕が4レベルに上昇しました。

 クシャナが【馥郁な花】を3個取得しました。

 ルゥジゥが【滴る月光】を1個取得しました』

 〔槐熊えんじゅくま〕を一撃で討伐して、ミナルーシュはふんすと鼻息荒く仁王立ちする。

「ミナ、よくやった」

 クシャナを助けたミナルーシュはルゥジゥからほめてもらえる。

「でも、やっぱり普段は強化いらないだろ、君」

 しかしその実績はミナルーシュの性能が過剰で普段は制限付きで十分だという証明にもなっていた。

「……え、だめ?」

 自分の都合が悪くなるとこうやってとぼけてくるところがなかったら、もっと格好いいのにとクシャナは残念な気持ちに落とされていた。

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