〔ファミリーネーム〕

 クシャナは〔テイム〕した〔チビット〕を抱き上げて、首元というか顔の下なんだかお腹なんだかわからないところをくすぐってあげる。

「この子の名前決めてあげないといけないね」

「だいふく」

「なぐるよ」

 ノータイムで〔チビット〕の見た目そのままの食べ物を出してきたミナルーシュをクシャナはにらむ。

「なんでー。おいしそ……やわらかそうじゃん、だいふく」

 なおも言いつのるミナルーシュをクシャナはジト目でにらみ、〔チビット〕をぎゅっと抱きしめた上で背中を盾にして守る。

「ちなみにタイトルにもよるけど、〔チビット〕は美味しくてゲーム内の高級レストランで出てきたりするよ」

「クシャナ、使う?」

 ついに見かねたルゥジゥが撥をクシャナに差し出した。

 クシャナは胡坐をかいたルゥジゥのひざに〔チビット〕をちょこんと乗せてから、撥を受け取る。

 ミナルーシュは凶器を手にしたクシャナを見て顔を青ざめながら後ずさる。

 クシャナはそんなミナルーシュににこりと笑顔を見せた。

 その笑顔にミナルーシュがホッと安堵の息を吐いた瞬間を見計らって、クシャナは撥の角をミナルーシュの頭に叩きつけた。

「いったーい! いや、マジでいたっ!?」

「ミナルーシュはこの子の名前決まるまで黙ってて。モンスターでも狩ってなさい」

「……モンスターっていうと〔チビット〕も」

「ぁあ?」

「なんでもありません」

「お前、可愛いクシャナにヤクザみたいな声出させるなよ」

 余計なことしか言わないミナルーシュをやっと黙らせてもクシャナはまだぷんぷんと怒っている。彼人かのとに持ち上げられた〔チビット〕はクシャナの手のひらに体をこすり付ける。大福みたいにふわふわした体にさらりとした産毛が気持ちいい。

「キミはいい子だね。どこかのミナルーシュと違って」

 ミナルーシュは何か言いたそうにクシャナの背中を見つめているけれど、なんとか黙っていた。

 猟犬の刃がミナルーシュの周囲から獲物を求めて飛んでいく。

「どんな名前にしたらいいかな?」

「さぁ? クシャナの好きにしなよ」

 クシャナに名づけの相談を受けているルゥジゥを恨めしそうにじっと見てくるミナルーシュだが、完全に自業自得で同情の余地はない。

「イナバ」

 クシャナが名前を告げると、イナバは手のひらの上でぴょこんと跳ねる。

「よかった、ちゃんとわかってるみたい」

「白兎?」

「うん、白いじゃない」

「確かにね」

 白いから余計に大福に見える〔チビット〕はぴょこん、ぴょこんと跳ねて存在をアピールする。きっと喜んでいるのだろうと思うと、クシャナは自然と笑みが浮かんできた。

「いい、イナバ。食べられそうになったら踏んづけてやるんだよ」

 クシャナが手のひらを前に出してイナバにミナルーシュを見せると、イナバは勇ましくぴょこんと一番力強く跳ねて、やわらかな衝撃をクシャナの手のひらに伝えた。

「うんうん、その調子だよ」

 やる気を見せるイナバをクシャナはほめる。

「あ、そうそう、名前と言えばさー」

「なに?」

 イナバの名前が決まったので、ミナルーシュは黙殺から釈放された。

 クシャナも普通に返事をしてくれて刑期が明けたと判断したのが間違ってなかったと証明してくれる。

「あたしらの〔ファミリーネーム〕決めてなくね?」

「ファミリーネーム……名字?」

「ちがう、ちがう、〔ファミリー〕の名前。ギルドネーム的なやつ。あ、でも、名字みたいに名前に付けて名乗るはかっこよさそうだね」

 三人は当たり前のように〔ファミリー〕になっていたから、それを組むの時にやるはずの相談を一つもしていない。別に身内ルールなんて決めるつもりはミナルーシュもないけれど、〔ファミリーネーム〕くらいはあってもいいんじゃないかと考えていた。

「それ、絶対に必要なの?」

 のんびりと琵琶を弾きながらルゥジゥが訊ねると、ミナルーシュは肩をすくめた。

「ぜったいじゃないけど、いいじゃん。せっかくみんなで〔ファミリー〕なんだからさ。なんていうの? 絆の証的な? それにクシャナもテイムモンスター増やすんならなおさらさ」

 別にテイムモンスターのために〔ファミリーネーム〕があってもなくても困ることはないのだけれど、ミナルーシュはなんとなくで話しているので妥当性なんて初めからない。あえて理由を言えば、あればかっこいい、それだけだ。

「わたしはいいけど……どうやって決めるの?」

 そしてうかつに話に乗っかったクシャナは、他の二人から指で差されるはめになった。

 クシャナも自分の鼻先に人差し指をくっつけて、三秒くらい黙った後に叫ぶ。

「わたしに丸投げする気!?」

「がんばれ」

「クシャナは文学少女だもんね!」

 やる気のないルゥジゥに、言い出したくせに考える気がないミナルーシュは、当たり前のようにクシャナに押し付けてきた。

 もー、と不満の未声みこえを上げながらも、クシャナはイナバの背中をなでて思考を回転させる。

 任せられたら責任を感じてまじめに取り組むのがクシャナのいいところだ。

『〔ギアウルフ〕を五体倒しました。

 〔ヴァルズヴォルフ〕を二十三体倒しました。

  ミナルーシュが【馥郁ふくいくな花】を18個取得しました。

 ミナルーシュが【永久の雪】を7個取得しました。

 ミナルーシュが【滴る月光】を12個取得しました。

 ミナルーシュの〔奴隷〕が3レベルに上昇しました。

 クシャナが【滴る月光】を2個取得しました。

 ルゥジゥが【馥郁な花】を1個取得しました。

 ルゥジゥが【永久の雪】を3個取得しました』

 ミナルーシュが放った猟犬の刃が敵を倒し回って消えたらしい。ミナルーシュは手を振るだけで次の一陣を展開してまた飛ばす。

「そうだね……ディア、はどう?」

 クシャナもそんなミナルーシュの殲滅型の〔魔術〕にも慣れてしまったのか、それとも集中していてシステムメッセージが耳に入らなかったのか、ぼそりと〔ファミリーネーム〕をつぶやいた。

「ディア? それって英語の手紙で書くやつ?」

「親愛なる、って意味だっけか」

「うん、そう」

 ミナルーシュは視線を空中に投げやって最近授業で習ったつづりを思い出そうとして断念し、ルゥジゥが意味の方を確認してくる。

「大切な人って意味もあるよ。だって、お互いに大切、でしょ? わたしたち」

 ほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにクシャナがそんなことを言うから、ミナルーシュは考えるよりも先にその体に抱き着いた。

「いいじゃん、いいじゃん。あたしは、ミナルーシュ・ディアか!」

「こっちはルゥジゥ・ディア、と。異論はないね」

 ルゥジゥの方はどこか含み笑いの感じが声ににじんでいるけれど、気に入ってくれはしたようだ。

 二人が喜んでくれたのなら、恥ずかしくても言ったかいがあったとクシャナは思った。

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