〔テイム〕
気を取り直して、クシャナのレベル上げのために一同はてきとうに炭酸水汲みの〔クエスト〕を受けて郊外のフィールドに繰り出した。
「街から一歩出たら森の中とかどうなってるの?」
「ゲームなんだしそんなもんそんなもん」
現実なら街から出てもしばらく道が続いて、森に入るのはだいぶ先だ。
クシャナはその現実との違いを不思議そうにしているけれど、ミナルーシュの言う通りいちいち気にしていたらキリがない。
そんな二人の後ろでルゥジゥは欠伸をしていた。
〈初夏の燕は甲斐甲斐しく虫を取り尽くす〉
ミナルーシュは森に踏み込んですぐに燕の影を二羽放つ。飛んで行くその影をクシャナは物珍しそうに見送った。
「新しい〔魔術〕?」
「あ、そっか、クシャナは初見か。虫特攻の猟犬で〔HP〕も運んで来てくれるよ」
「虫?」
「森だからか、多いんだよねー」
ミナルーシュは虫の多さを思い出してイヤそうな顔をする。それでもこの〔魔術〕のお陰で相手するのに苦労はしていない。
「明日にねボス倒したいからじゃんじゃんレベル上げしてこうね」
ミナルーシュが笑顔でやる気を見せるのに対して、クシャナはうえーと腰が引けている。
「まぁ、ミナが敵倒しまくって経験値くれるんだろ? 馬車馬のように働くといいさ」
「その通りだけど、ちっとは戦え?」
ミナルーシュにおんぶに抱っこしてもらう気しかないルゥジゥに、さすがのミナルーシュも言い返す。
そんな二人のやり取りを横で聞きながらクシャナは森の景色を眺めていた。VRだというのを忘れるくらいに色んな種類が入り混じっていて細部まで作り込まれている。クシャナは別に草花に詳しいわけでもないけれど、それでも三つか四つの違う草があるのが見分けられる。
クシャナが見るともなしに草陰を見ていたら、がさりと音を立てて草を揺らすものがいた。
危ない敵かもしれないとクシャナは身構えた。
そしてぴょこんとそれは姿を現した。ちんまりとした体は丸くて、なんだか大福みたいに柔らかそうに見える。ぴょんと伸びた長い耳を揺らして、ぴょこんぴょこんと全身を使って跳ねてクシャナに近付いてくる。
なんだか雪うさぎみたいな見た目だけど、それはふわふわの毛並みをした生き物だった。
「なにこれ、かわいい」
「あ、〔チビット〕じゃん」
クシャナの背中からミナルーシュが顔を覗かせた。
「え、敵?」
「んー、まぁ、敵っちゃ敵だけど、ザコだし定番のマスコット的な?」
モンスターの中にパッケージにも使われるようなマスコットを仕込んでおくのはゲームではありがちな話だ。RPOを運営するクヲンでは会社で作るゲームタイトルを横断して、大福ウサギとファンにあだ名されている〔チビット〕だ。
そしてそういうマスコットモンスターは往々として最弱で初心者プレイヤーでも簡単に倒せるような、いっそ練習台にもなるような弱さを誇っている。
今も〔チビット〕はクシャナに寄ってくるけれど、跳ねるばかりでぶつかって来ることもない。
「マスコット?」
そういうゲームのお約束がわからないクシャナはきょとんと目を丸くしたまま足元の〔チビット〕を見下ろしている。
敵なのに敵じゃないと言われて、どう扱えばいいのかよくわからないようだ。
この辺りで話が長引きそうだと見込んだルゥジゥはちょうどよく張り出した木の根に腰を降ろして琵琶を取り出す。
「ま、放置してもオーケーなやつ。攻撃してこないし、してきてもダメージ入らないし、それこそノラ猫とかとあんま変わらないよ」
「ふーん?」
ネコみたいな感じと言われて、クシャナは膝を曲げて〔チビット〕に手を伸ばした。
すると〔チビット〕はクシャナの手に鼻を寄せてふんふんとにおいを嗅いでくる。
確かにネコっぽいと思ったクシャナはそばの草を引っこ抜いて〔チビット〕の口元に近付けた。
〔チビット〕はぴこぴこと口ひげを動かしてじっと見つめた後に、しゃくりとその草をかじった。
「あ、食べた」
「よかったね」
『〔ビッグモス〕を倒しました』
クシャナが小学生みたいに喜ぶのをみるとミナルーシュも自然と嬉しくなる。
クシャナは〔チビット〕が草を一本食べ終わると、今度は束でむしって差し出した。
〔チビット〕はその中の一本だけをじょうずにたぐり寄せて口に入れる。
『クシャナが条件を満たしたことにより、〔スキル:テイム〕が取得可能になりました』
「あれ?」
〔チビット〕にエサを与えていたらクシャナに新しい〔スキル〕の通知が入ってきた。
「ん、〔チビット〕がなついたんかな? 仲間にできるかもよ」
「そうなの?」
モンスターテイムは他のゲームでも実装されているのが多いシステムなのでミナルーシュはだいたいの内容を察した。
クシャナはミナルーシュの言う通りに〔スキル〕を取得して〔チビット〕に手を翳した。
「〔テイム〕」
クシャナが〔スキル〕を宣言すると〔チビット〕がその声に
『クシャナが〔チビット〕を〔テイム〕しました』
〔チビット〕はさっきまでよりも勢いを付けてより高く、ぴょこんぴょこんと跳ねてクシャナに存在をアピールしてくる。
「よしよし」
クシャナが頭をなでてあげると〔チビット〕は嬉しそうに鼻をひくひくと動かす。
「かわいい」
クシャナは〔チビット〕の手触りに満足そうだ。
ミナルーシュはどうせなら強いモンスターを〔テイム〕して戦力を増やしてほしいとも思ったけど、クシャナが楽しんでるならこれはこれでいいかとも思った。
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