人に迷惑をかけるバカ

 取りあえずミナルーシュのやらかしについては一件落着をしたことになったので、クシャナもレトリック・プレイ・オンラインRPOをやっていく。

「ちょっと〔箱庭〕をいじっていい?」

「お、いいじゃんいいじゃん、クシャナも積極的になってきたね」

 クシャナが自分からやりたいことを言ってきたのが嬉しくて、ミナルーシュの方がわくわくした雰囲気を出してくる。このままRPOにハマればクシャナのプレイ時間が増えてくれるとか考えてるのだろう。

 そんな思惑が透けて見えるから、ルゥジゥは懲りない奴だなと思いながら琵琶の弦を弾いた。

「わたしの〔魔女の髪〕って夜じゃないと〔MP〕貯まらないでしょ。だからここを夜にしたらいいのかなって」

「なるほどね、確かに【遊花ゆうか駅街えきがい】はどんなに時間経っても夜にならないからここでMPチャージして……え、待って。それじゃ、クシャナが髪に〔MP〕を溜めてる間、待ってなきゃいけない……?」

 クシャナが自分の〔スキル〕を活かす方法をきちんと理解しているのを、うんうんと頷いて聞いていたミナルーシュだったが途中で不具合に気付く。

 〔奴隷〕になったミナルーシュは〔奴隷所有権〕を持っているクシャナから五十メートル以上離れると全ての〔能力値〕が百分の一まで低下する。〔HP〕が29しかないって普通にデスペナするし、〔MP〕が79とかすぐに枯渇する。

 それなのにクシャナが〔魔女の髪〕を満タンにするまで動けないとか辛すぎる。

「ねぇ、クシャナ、〔魔女の髪〕って〔最大MP〕がいくつでどんくらいで貯まるの?」

「ん、ちょっと待って」

 クシャナはシステムメニューを呼び出して〔魔女の髪〕のテキストを確認する。

「今だと最大で500MPで、夜闇を浴びることで一分ごとに1MP溜まっていくって」

「五百分!? 長い! 長いよ!」

 八時間以上も〔箱庭〕にいなくちゃいけないだなんてミナルーシュにはとても堪えられない。

 改めて時間を確認したら、クシャナもさすがにそれはイヤだなと思い始めている。

「でも、回復できるとこがあるのとないのじゃ違うから、夜にはしておこうと思うの」

「うん、そうだね……」

 クシャナはそんなに拘束するつもりはないのだけれど、ミナルーシュはずぅんと暗い顔をしていて苦笑いが零れる。

 クシャナが【剣印】に触れて〔箱庭〕の改変項目をいじっていると、〔夜〕は【滴る月光】が20個で設定出来る。意外と安いなと思いながら獲得する。

 すると〔箱庭〕の一画だけが黒幕を被せたように暗くなった。

「あ、そこだけなんだ」

「あそこがクシャナの個人スペースなんだろうね」

 この〔箱庭〕は〔ファミリー〕になっているミナルーシュ、クシャナ、ルゥジゥの三人分が合体している。けれどそれは全ての空間が一律という訳ではなくて、各個人のスペースとそれに加えて共有の追加スペースで成り立っている。

「やっぱ素材使うと楽だよね」

 一から家を設計してまだ実物を作れていないミナルーシュがしみじみと夜に変わったクシャナのスペースを眺める。

「いや、まだ暗くなっただけでなんにもないじゃない」

「まー、そうなんだけどさー」

 ミナルーシュは全く納得してなくて、クシャナは呆れてため息が出る。自分の方がもっとすごいのを計画しているのにないものねだりされても困る。

「取りあえず〔魔女の髪〕を貯めるのは待ち時間とかにするよ」

「よし、ルゥジゥ、次からちょっと遅れてきていいよ」

「別にいいんだけどさ、それ結局プレイ時間削ってるよね」

 ミナルーシュが一周回ってアホなことを言い出したからルゥジゥは琵琶を弾く手を止めずにツッコんだ。

 ともかくそろそろ移動するのかなと思ってルゥジゥが立ち上がり、クシャナが〔ゲート〕に振り返る。

「待って」

 しかしそんな二人をミナルーシュが呼び止めた。

 ルゥジゥはまだ何かあったかと全く分かってない顔をしているけれど、クシャナは地面に目を落としている。

「忘れてなかったか……」

 逃げきれなかったと嘆くクシャナの手をミナルーシュがぎゅっと握り、にっこりと笑って逃がさないと目で宣言してくる。

「さ、クシャナ。かわいくなろ♪」

「ああ、あれか」

 クシャナが楽しそうに言うのを見て、ルゥジゥも彼女がクシャナのために服を買い込んでいたのを思い出した。

 さっきミナルーシュが渡したその服をクシャナはさり気なく〔インベントリ〕にしまって隠していた。そのまま忘れてくれればうやむやのままに流れると思ったのに、好きなものに対するミナルーシュの執着を甘く見ていた。

「せっかくだから、夜の方で着替えよっか、時間かけていいからね、ほらほらいくよ」

「ちょ、ま、押さないで、着るなんて言ってないよー!」

 ミナルーシュに背中を押されて夜に変えたばかりのスペースへ連れていかれるクシャナを見送って、ルゥジゥはまた腰を降ろした。

「これは長くなるな」

 その間、琵琶を弾く時間が増えるからルゥジゥとしては願ったり叶ったりではあるけれど、クシャナはかわいそうではある。

 そして二十分も経ってから二人が戻ってきた。

 そのクシャナの姿を見て、ルゥジゥはあれ、と首をかしげる。クシャナは黒くてやぼったい〔魔女の外套〕で全身をおおってしまっている。

「着替えてなくない?」

「そうなんだよ、聞いてよ!」

 ルゥジゥが不審に思って訊ねると、うつむいて歩いていたミナルーシュがバッと顔を上げて、激突するような勢いで迫って来る。

 その瞬間にルゥジゥは余計なこと聞かなきゃよかったと後悔する。

「クシャナってば、せっかく着替えたのに〔魔女の外套〕も装備できるって言って全部隠しちゃうんだよー!」

 涙目で叫ぶミナルーシュが大変うざったい。ルゥジゥは全く関係ないのに肩を捕まれてガクガクと体を前後に揺らされて、今すぐ〔ログアウト〕してやりたいと本気で思った。

「だって、〔魔女の外套〕も着てた方が強くなれるんでしょ。着ない理由がないよね」

 クシャナはクシャナで澄まし顔で、かわいい姿を見たいだけのミナルーシュを理論武装で撃退している。

 けっこう憮然とした表情で機嫌が悪いから、ミナルーシュが悪ノリして着せ替え人形扱いしたんだろうというのが目に浮かぶ。

「自業自得じゃん」

 ルゥジゥは同情するところはないと悟って、ミナルーシュの頭をわしづかみにして引きはがす。

 人に迷惑をかけるのもいい加減にしろと言いたいくらいだ。

「せっかくかわいいのに、みんなに見せようよー!」

 そんな目に遭いながらも、目の前で絶叫して人の耳を潰してくるミナルーシュの頭を、ルゥジゥは遠慮なく撥の角でぶん殴っておいた。

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