〔奴隷所有権〕
晩ご飯も食べてお風呂も済ませた夜の九時にクシャナは
〔箱庭〕にやって来て初めに目に入ったのは、こじんまりとした小屋だ。長屋の一部屋を切り出したように見えなくもない。
「まぁ、ミナルーシュが叱られてゲームを止めるはずもないとわかってたけど……」
クシャナは感動よりも前にため息をはく。どう考えてもミナルーシュが作ったものだし、これを作るのにどんだけゲームやってたのかと思うと、昼間に怒ったのはなんだったのだろうとやるせない気持ちでいっぱいになる。
「あ! クシャナ! クシャナがやっと戻って来てくれた!」
光を失った目で小屋を眺めていたクシャナの背中にはしゃいだ声が飛び付いてくる。ていうか、本体も飛び付いてきてクシャナの華奢な体が衝撃で傾いた。
「見て見て! ルゥジゥにも資源出してもらって作ったんだよ! でもまだまだ完成じゃないからね。もっとすてきな大きなお家を建ててあげるから!」
ミナルーシュは指をぶんぶんと振り回して自分の功績をほめてもらおうとマシンガンのように話しかけてくる。
これは反省なんて彼方の星より遠くに放り出しているなと感じてクシャナの瞳がすっと褪めていく。
「ミナルーシュ? もっと先に言うことはなぁい?」
クシャナは甘ったるい声でミナルーシュに問いかける。これでまだ叱られたのを思い出さないなら月曜日まで顔を見せないと心に決めた。
「あ、そう! これ!」
ミナルーシュは〔インベントリ〕からいろんな種類のドレスを出してクシャナの腕に押し付ける。
クシャナは両手でやっとやっと抱えた服の山に視線を落とした。
「なに、これ?」
「クシャナに似合うと思って買った。お詫びのプレゼントだよ!」
ミナルーシュはクシャナが喜んでくれると信じ切って満面の笑顔を輝かせている。
その顔を見て、クシャナはふっと笑いを零した。
成功した、とミナルーシュが喜びを増したその瞬間に。
綺麗な孤を描いたクシャナの右手がミナルーシュの頭を引っぱたいて〔箱庭〕に音を響かせた。
「痛いっ!? 今日二回目!? ありがとうございます!?」
「ここはごめんなさいでしょ!」
「あ、さっきよりはマシだ! ごめんなさい!」
「怒られている意味も分かってないのに言葉だけで謝らせても意味ないと思うけどな。そいつの場合は特に」
実はミナルーシュと一緒に〔箱庭〕に戻って来ていたルゥジゥは一連のやり取りを見て苦笑する。特にまるで学習していないミナルーシュに対して。
「ちょっと待って! 風評被害は聞き逃せないよ。あたしはちゃんとクシャナに怒られた意味を理解して行動を起こしたんだから!」
ミナルーシュは心外だとルゥジゥに指を突き立てて抗議する。
その言葉を聞いてクシャナはミナルーシュを指差して不思議そうな顔をルゥジゥに向けた。
「どうせほぼ〔ログアウト〕してないんでしょ?」
「したよ! ご飯も食べてシャワーも浴びて、宿題も数学一ベージやったよ!」
クシャナの問いかけに、神妙な顔でその通りとルゥジゥがうなずいたのをかき消そうとミナルーシュが大声で騒ぐ。
「ミナルーシュが、自分から宿題を……!」
クシャナは信じられないと口を手で押さえて目を見開いた。
「いや、そんなほぼやってないような量で感動しない。クシャナは絶対子供を甘やかす親になるよね」
勢いに騙されずによく内容を聞くようにとルゥジゥが冷静にツッコミを入れる。
「え、でも、一ページでも自分からやったことがえらいよ? あのミナルーシュがゲームを止めてやったんだよ?」
「うん、そのバカが宿題をせざると得なかった理由を聞いた時、クシャナはもう一回キレていいから」
事の次第を全て横で見ているルゥジゥは、ミナルーシュの頭なんてクシャナの平手でもげてしまえばいいと本気で思っている。
でもミナルーシュは自分が用意した対策がクシャナを納得させられると信じて疑ってなくて、見ててムカつくようなキメ顔で一枚の紙をクシャナに差し出した。
クシャナは素直にその紙を受け取って文面に目を落とす。
「なにこれ? ……どれい、しょゆうけん?」
〔奴隷所有権〕。その〔アイテム〕の名前を理解するのをクシャナの脳は自然に拒んで棒読みになる。
対してミナルーシュは腰に手を当てて堂々と胸を張っていた。
「そう。クシャナにあたしの持ち主になってもらうの」
「……え、いくらヴァーチャルでもそういう特殊なプレイはちょっと」
クシャナはドン引きしていた。
さもありなん、とルゥジゥは腰を降ろして琵琶を取り出す。そろそろオチも着く頃合いだろう。
「まって! ちゃんと話を聞いて! それをクシャナが持ってるとね、クシャナが〔ログアウト〕している間、あたしめっちゃ弱体化するの! だから勝手に戦闘とか出来ないよ! マジでエグかった! ザコ敵も全然倒せなかったもん!」
「ああ、そういう……ていうか、弱くなっても構わず試しにはいったのね」
それで敵が倒せてしまったらまるで意味がないじゃないとクシャナは思うけど、同時にミナルーシュだからやってみないと気がすまなかったんだろうとも思う。
これでなんとか敵を倒せるくらいだったら、クシャナに黙ってレベル上げしまくってたんだろうなと思うと、確かにもう一回引っぱたいた方がいい気もしてきた。
「ねぇ、バカなの?」
クシャナはいろいろ面倒くさくなって、率直な感想だけをミナルーシュにぶつけた。
でもミナルーシュはきょとんとクシャナを見返してくる。
「え、ちゃんとクシャナの気持ちに答えられるように用意したじゃない?」
「クシャナはこのバカがミナじゃないと思ってたのかな?」
「ちょっと待って! なんか語順がおかしいよ! あたしの名前をバカの形容詞にしてない!?」
「その通りだけど」
「名誉棄損!」
残念ながら、ルゥジゥの表現はむしろ適切だとクシャナも思ってしまった。
でもこれがミナルーシュの個性だし、仕方ないんだろうなぁ、とも諦めきっている。
「むしろこの紙破ったらミナルーシュはずっと弱くなってゲームしなくなるかな?」
「やめて!? 泣くよ!?」
ミナルーシュが泣くのはクシャナもイヤだから、しょうがなく思いながらミナルーシュの〔奴隷所有権〕を〔インベントリ〕にしまった。
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