〔魔術〕を使ってみる

 お喋りは楽しくていつまでも続けられるけれど、そうしたら少しもゲームが進まなくなってしまう。

 これからの進行の音頭を取るのはミナルーシュだ。

「せっかくのゲームで喋ってるだけなのももったいないね。ルゥジゥ、さっき言ってた〔楽譜〕辺りのこともっと詳しく教えてくれる?」

「別に私は琵琶が弾けるならそれでいいんだけど」

「現実で手に入らない名器で演奏したいんでしょ。そういうランク高い〔アイテム〕はトッププレイヤーじゃないとゲット出来ないよ」

 ルゥジゥはミナルーシュの言葉に、ふぅ、と息をついた。

 どんな楽器でもそうだけど、高いものほどいい音を出す。厳密にはいい音を出すから高いのだけど、どちらにせよ、リアルでは中学生の沙羅さらが早々触れられないのが現実だ。

 でもゲームの中なら、現実で未成年だろうが収入がなかろうが、関係ない。ゲームのレベルさえ高ければいい装備は手に入る。

 それが歩月ほづきが沙羅を口説き落とした殺し文句だ。

「一つの〔楽譜〕に込められる〔魔術〕は今のところ一つだね。それで最初に貰った〔楽譜〕も一曲だけ」

「つまり、〔演奏〕で使える〔魔術〕はまだ一つしか選べないのね。そうすると……回復にするか防御力アップにするか、かな」

 ルゥジゥは手慰みに琵琶を響かせながら、煩わしげに説明をした。

 それを聞いたミナルーシュは口元に緩く握った手を当てて思案する。

「〔楽譜〕って増やせないの?」

 話を横で聞くばかりだったクシャナがこてんと首を傾げた。

 合いの手代わりにルゥジゥは、びぃん、と一音ひとね弾いた。

「今のとこ、増やす〔スキル〕はないね」

「〔神器〕の〔アイテム〕交換も品揃えは見れるけど実際に交換は出来ないんだよね。あ、でも、ラインナップにあるかどうかは確認してくれない?」

 ルゥジゥは恨めしそうにミナルーシュを睨んでから立ち上がった。琵琶は抱えて演奏する楽器で立ったり歩いたりしながらだと弾けないから不満なのだ。

「ほんと、いっそ清々しいくらいに琵琶弾くことしか考えてないな」

「褒めても琵琶を聴かせてあげるしか出来ないよ」

「褒めてないし、褒めなくたって琵琶は聞かせてくるでしょうが」

「……ああ、確かにそうだね。一本取られちゃったな」

「ちっとも嬉しくない一本ね……」

 二人の息の合ったかけ合いにクシャナは嬉しそうにくすくすと笑う。

 ミナルーシュは不満そうにクシャナの顔を見るけれど、彼人かのとは声こそ抑えても体を小刻みに揺すっている。

「ああ、交換出来るようにはなってるね」

「おけ。なら、ゲーム進めれば〔魔術〕の数絞らなくてもやっていけるね」

 それなら問題ないとミナルーシュは頷いた。

 やることをやったルゥジゥは台座の前に座ってまた琵琶を弾き始める。

「ルゥジゥ、〔祝福〕でダメージ減らすような〔詠唱〕を作って〔楽譜〕に入れてくれる?」

「無茶振り乙」

 さらっと〔魔術〕の〔詠唱〕を考えろと言ったミナルーシュもミナルーシュだが、間髪入れずに考えなしと貶すルゥジゥもルゥジゥだ。

 ミナルーシュは座り込んだルゥジゥを睨み付け、ルゥジゥは素知らぬ顔をして撥で弦を引っかける。

 二人の静かな攻防は、ほんの一秒も続かなかった。

「よし、クシャナ任せた」

「え、わたし!?」

「クシャナなら出来る! よ、文学少女!」

「ミナルーシュまで!?」

 ルゥジゥがあっさりとクシャナに丸投げしたからだ。しかもミナルーシュもそれに乗っかってくる。

 無茶振りをパスされたクシャナは、もー、と声を上げながらも文句を言葉にしないで真面目に考え出す。

 そして顔を隠すフードの影の中で呟いた。

〈この音色は友の無傷を願う祝福〉

 クシャナの〔詠唱〕とともにミナルーシュとルゥジゥの体が柔らかく淡い新緑の光に包まれた。二人の簡易ステータスには、盾に青い上矢印の付いたアイコンと光の膜に青い上矢印の付いたアイコンが並んで表示された。

「お、これはうまくバフかかったんじゃない? さすがクシャナ、天才ね!」

 ミナルーシュが自分の手柄みたいに胸を張るから、クシャナは恥ずかしくなって両手で頬を押さえる。

「〔MP〕も18だし、使いやすいんじゃないかなぁ?」

 クシャナの手がフードに差し込まれているお陰でそのルゥジゥを伺う眼差しがちらりと見えた。

 ルゥジゥは苦笑を零しながら、琵琶の音を伴奏にその〔詠唱〕を詠う。

〈この音色は友の無傷を願う祝福〉

 クシャナの少し舌足らずな〔詠唱〕と違って、ルゥジゥの〔詠唱〕は堂々として力強い。

 今度はミナルーシュとクシャナが、さっきよりもはっきり明るい新緑の光に包まれて〔防御力〕と〔抵抗力〕を上昇された。

「使った本人はバフ入らない系か」

「そこは君がしっかり私を守ってくれよ、前衛。あとそれよりも大きな問題もある」

「そりゃ、後ろに敵を流すつもりはないけどさ。てか、問題ってなに」

「〔MP〕が46減った」

「……はい?」

「え?」

 クシャナと同じ〔詠唱〕で〔魔術〕を発動させたのに、彼人よりも消費が大きいとルゥジゥに言われて、ミナルーシュとクシャナは揃って目を丸くする。

 特にクシャナは自分がなにかやってしまったのかとわたわたと慌て出す始末だ。

「そりゃ演出的にルゥジゥの方が効果大きそうだけど、そんな〔MP〕変わる? マジで?」

「嘘言ってどうする、本当さ」

 ミナルーシュだってこの面倒くさがりがわざわざ嘘をついたとも思ってない。

 でもルゥジゥの〔MP〕が満タンでも二回しか〔魔術〕が使えないというのはキツいから、信じたくもないのだ。

 ミナルーシュは腕を組んでこの結果になった原因に頭を巡らせる。

「二人の〔スキル〕でも〔消費MP〕に影響しそうなのはないみたいだし……すると、やっぱり〔祝福〕の数値差かな。十倍以上開いてるしな」

 仮に〔能力値〕が十倍で〔魔術〕の性能も十倍だったとしよう。それを使う〔MP〕はより重くなるように計算式が組まれているとしても、まぁ、ゲームバランスとしてありうる。

「同じ〔魔術〕でも〔能力値〕が高くなるほどに〔消費MP〕がかさむ可能性か」

 ミナルーシュは〔インベントリ〕から〔魔導書〕を取り出して開いた。そこには〔ネーミング〕によって取得している〔魔術〕の性能が既に記載されている。

「ルゥジゥ、〈ショット〉って〔詠唱〕してくれる?」

 ルゥジゥは眉をひそめてから、びん、と琵琶を短く鳴らすのに合わせてその〔詠唱〕を口にした。

〈ショット〉

 ルゥジゥの抱える琵琶の弦の上に魔力で作られた弾丸が発生して、目標もなく明後日の方向に発射された。

 クシャナが首を巡らせて彼方へと飛んで行った弾道を見送る。

「今の〔MP〕は?」

「6」

 検証が出てミナルーシュはなるほどと一人で納得する。

 ミナルーシュの〔魔導書〕に書かれている〈ショット〉の消費は24MP。ルゥジゥの四倍だ。

「やっぱり使うプレイヤーによって同じ〔魔術〕でも消費が違う。〔能力値〕が高い方が〔消費MP〕も大きくなるんだ」

「普通逆じゃないの?」

 ゲームで慣れていないクシャナが疑問に思うくらい、不思議な仕様ではある。

 でも運営がこのゲームバランスを設定している以上、プレイヤーはその環境でプレイするしかない。余りにひどい仕様なら苦情のメッセージを送るが、今回についてはもっと使用感が把握出来てからでも間に合う。

「これはそういうゲームだって割り切るしかないね」

「そこらへんは運営の匙加減一つだからね」

 自分よりもゲームに親しんでいる二人がそういうので、クシャナはそういうものなんだと納得した。

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