〔魔術〕の試し打ち

 お昼ご飯をちゃちゃっと済ませてミナルーシュはすぐにレトリック・プレイ・オンラインRPOに戻って来た。

「早くね?」

 その早さは管理AIが目を丸くするほどだ。

「ちゃんとご飯食べてきたし、水も飲んだよ。歯も磨いた」

「えらい。でもログアウトしてから二十三分十二秒しか経ってないんだわ」

「言った通り三十分以内で帰って来てるじゃん」

「社畜かよ」

 サービス開始からまだ二時間半ちょっとしか経っていない新米管理AIのあそばなは、廃人ゲーマーマジこわ、とドン引きしている。

 逆に数多のゲームをやり込んできたミナルーシュはこれくらい普通でしょ、と目を丸くしていた。

「ま、いいや。ログインよろ」

「まー、ウチはAIだからプレイヤーの行動を拒否とか出来んけどさー。頼むから病院送りとかやめてちょ?」

「安心して、中学生だからどうせ平日は学校よ」

「安心できねー」

 最新AIの高度な演算機能を使わなくてもミナルーシュがRPOに入り浸りになる未来が見えた遊び花の目からハイライトが消えている。

 それでも本人が言う通り、AIはまだ人類の意向に逆らうことが出来ないのでミナルーシュに言われるままに〔箱庭〕へと送信する。

 真っ白な空間にぽつんと三人分の〔神器〕が納まっている台座が鎮座している前で、ミナルーシュはぱちぱちと瞬きをして仮想空間の移送酔いを体から逃がす。

「さてと、クシャナもルゥジゥもいないからシナリオを進めてもアレだし、生産とレベル上げだけしよっかにゃー」

 手をぐっぱっと開け閉めして体の間隔を確かめたミナルーシュは早速、作業を始める。

〈この手の歪みは全てを切り裂く〉〈エッジ〉

 ミナルーシュが〔ネーミング〕を利用したつもりで立て続けに〔詠唱〕をするけれど、右手から発生した歪みの刃が空間をねじ曲げる音を立てて、左手には〈エッジ〉が所在なく光っている。

「……あれ? なんで別々になった?」

 ミナルーシュは思っていたようにならなかった〔魔術〕に首をかしげる。

 ログアウト前はちゃんと上手くいっていたのに、なぜに居間は上手くいかないのか。

 ぼんやりとまりのすみに置かれている簡易ステータスアイコンに気がついた。

「あ、そういやデスペナ中か。って、〔メンタルリッチ〕分の〔MP〕もけずれてんじゃん、サイアク!」

 幽霊をデフォルメしたアイコンに32minと文字が乗っている。RPOの〔デスペナルティ〕中は〔スキル〕も使用不可になるのだ。〔メンタルリッチ〕のような常時発動の〔スキル〕も例外ではなくて、300も〔MP最大値〕が消えていた。

「……ん? 〔スキル〕は死んでても、〈エッジ〉は使えた? そもそもルゥジゥも〈ショット〉使えてたからな。〔ネーミング〕で取得してる〔魔術〕は〔スキル〕扱いじゃなくて、単純に〔魔術〕扱い? 〔ネーミング〕で他の〔詠唱〕をくっつけるのが〔スキル〕の効果なのか」

 ミナルーシュはひとり言をつぶやきながら、自分の気づきを整理していく。

 ミナルーシュは頭の中でだけ考えるよりは声に出した方がすっきりするタイプだ。一人でいる時なら他人の目も気にしなくていい。

「ま、いいや。〔スキル〕使えないなら、考えてた〔詠唱〕試していこ」

 ミナルーシュは考えてもしょうがないことはぽーんと放り投げて、敵を求めて歩き出した。

 そしててってこてってこ歩いて行って、敵に会う前に〔神器〕の反対側へとたどり着く。

「んん、ループした? え、さっきよか全然せまくなってね?」

 前回はクシャナやルゥジゥの所に到着するまでにけっこうな距離を走ったのだけれど。

 そう言えば、昼ご飯を食べながら見た掲示板で〔壊れ掛けの天使〕を倒すと〔箱庭〕が縮むっていう書き込みがあった。

 ミナルーシュはちょっとせますぎて的になる敵のエンカウントが低いから、素材をいくらか消費して〔箱庭〕の範囲を拡張する。

〈初夏の燕は甲斐甲斐しく虫を取り尽くす〉

 気を取り直して、ミナルーシュが新しい〔詠唱〕を試すと、真っ黒な燕のシルエットが二つ、手元から飛び立つ。

 その二つの影は本物と燕と遜色ない身軽さで空を切ってすぐにミナルーシュの視界からいなくなる。

『〔テディベア〕を4体倒しました。

 ミナルーシュが【滴る月光】を1個取得しました。

 ミナルーシュが【馥郁な花】を1個取得しました』

「お、猟犬と同じで〔追尾〕性能あるね。狙い通り、狙い通り」

 ミナルーシュはシステムメッセージの報告を聞いてしたり顔でうなずく。

 〔魔導書〕を開けば、燕の〔魔術〕は猟犬と同じく〔追尾〕性能ありで、〔虫特攻〕と使い分けも想定通りに付加されている。

「〔HP〕を届ける……?」

 想定外だったのはその後に続く効果内容だった。『与えたダメージ分の〔HP〕を貯め込み〔パーティメンバー〕に届けられる』と記載されている。

 その説明を読んでいたミナルーシュの元に、燕の影が一つ舞い戻って来た。

 そしてひらりとミナルーシュに向かって降りてくると、触れられた瞬間にミナルーシュのアヴァターに緑色の光がきらめくエフェクトが発生した。おそらくは〔HP〕回復のエフェクトだ。

「おー、すご。便利じゃん。ラッキー」

 攻撃と回復が両方の性能を積んでいるだなんて、使い勝手のいい〔魔術〕が手に入ったとミナルーシュはほくそ笑む。

 〔箱庭〕なら〔神器〕に触れるだけで〔MP〕が回復出来る。それに出て来るのも〔テディベア〕というまさに的としか言いようがない敵だ。〔魔術〕の試し打ちにはちょうどいい環境が揃ってる。

「ていうか、ここで〔魔術〕試していけってことだよね、これ」

 RPOはプレイヤーが自由に〔詠唱〕を決めて〔魔術〕を作るというゲームシステムで、逆を言えば実際に使うまでどんな効果が出て来るか分からない。

 それをぶっつけ本番で発動するだなんて事故の元だから、こうして安全な場所でシミュレーション出来るようになっているんだろう。

 ミナルーシュはそれを最大に利用して、他にもいくつかの〔魔術〕を試して〔デスペナルティ〕の時間を潰していった。

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