のんびりレベル上げ

 晴れて〔デスペナルティ〕が明けたミナルーシュは〔遊花ゆうか駅街えきがい〕にやってきて、手軽に〔クエスト〕を受けて郊外に向かう。

「炭酸水とかどうやって作ってんのかと思ったら、自然に湧いてるのねー、さすがファンタジーだわ」

 午前中にレトリックランドについて教えてくれた駅員さんから受けた〔クエスト〕だ。本当にこの街の人はレモンスカッシュが好きらしい。

 レモンスカッシュって言うと、レモネードです、とかたくなに訂正されるくらいに好きらしい。真顔でつめられるのが怖かったなと、ミナルーシュは思い出し笑いで頬を引きつらせる。

 花に溢れた生垣を出たらそこには森が広がっていた。その木々が鬱蒼と茂る中に人が行き交い出来るような道が伸びている。

 ミナルーシュは〔クエスト〕を受け取った時から〔マップ〕に表示されている光点を目指して、道から外れて森に踏み入っていく。

 木々の合間を縫って歩くと、何度も右に左に曲がらされて、〔マップ〕を見ながらでないとミナルーシュでも迷ってしまいそうだ。

「いやー、〔マッピング〕取って本当によかったわ。……あ、そういやデスペナになる前になんか新しい〔スキル〕解放されてたっけ?」

 無謀なボス戦の最後、通知に気を取られて派手な攻撃をかわせなかったのを思い出してミナルーシュはシステムメニューを開く。

 取得可能な〔スキル〕一覧を出すと一番後ろに〔魔力生成(戦闘時間)〕というのが見つかる。

「え、戦闘時間経過で〔MP〕回復って取るしかないじゃん。〔スキルランク〕もあげとこ」

 確認してみればかなり有用な〔スキル〕でミナルーシュはいそいそと取得と〔スキルランク〕の上昇にSPを消費していく。

 そんなことをしていたらミナルーシュの耳に、がさごぞと茂みから音が届いた。

 敵の気配にミナルーシュは振り返りじっとにらみつけて相手が出て来るのを待つ。

 茂みから出てきたのは三匹の狼だ。色が黒っぽい緑で、暗い森の中だと姿が周囲にまぎれて見づらさがある。

「ほいっと」

 出てきた狼とまだ距離が空いている内に、ミナルーシュは〔インベントリ〕から武器を放出した。ネズミ退治の時に使った猟犬の刃のあまりである。

 その刃は放り出された空中でぴたりと制止してから、獣を狩る猟犬らしく狼に向かって駆け出す。

「キャイン!」

 ミナルーシュがあまりものだからと六本全て出した猟犬の刃はザクザクと狼の体に突き刺さって呆気なく息の根を絶った。

『〔ヴァルズヴォルフ〕を3体倒しました』

「え、こんなあっさり倒せていいわけ?」

 在庫処分のつもりで放り捨てたモノだけで戦闘が終わって肩すかしを食らっているミナルーシュだが、〔獣特攻〕付きで外れることがない刃であり、ついでに言えば〈エッジ〉に付与したことで〔クリティカル〕の発生しやすい〔斬属性〕に変わっている。

 そんなものに〔追尾〕されて何度も斬りつけられたら、獣である狼はたまったもんじゃなかった。

「死体消えないしドロップ品も出てこないってことは、こいつらは〔エンヴォイ〕じゃなくて〔モンスター〕なのね」

 毛皮を切り刻まれたまま転がっている三匹分の狼の死体を見て、ミナルーシュは掲示板で仕入れた情報が正しいものだったと確認出来た。

 〔エンヴォイ〕は世界の侵略者であり、無機物が体の一部もしくは全部になっていて、倒せば光の粒になって消えて〔神器〕に使う資源とドロップ品がオートで〔インベントリ〕に入る。

 対して〔モンスター〕は元々このレトリックランドに生息しているモノで、倒しても死体はそのままで専用の〔スキル〕を使うかプレイヤーの手で解体しないといけない。なんなら攻撃で傷物になって街での買取価格が下がるらしい。

「でも死体そのまま〔インベントリ〕に入るし、街では資源払って解体してくれるNPCもいるって書いてあったな。いちおー持って帰るか」

 プレイヤーのレベルに関係なくいくらでも入って重さも関係なくなる〔インベントリ〕様々だ。ミナルーシュは息絶えた〔ヴァルズヴォルフ〕の体をむんずとつかんで、ずるりと〔インベントリ〕に放りこむ。

 入れた後に確認すると〔ヴァルズヴォルフの死体(キズモノ)〕と名前が載っている。

「キズモノって。いや、キズモノにしたのあたしだけどさ」

 こうして文字に出されると、ヘタクソと言われているみたいで気分が良くない。

 でもわざわざそのために〔魔術〕を作るのも面倒くさい。

「ま、いっか」

 別に〔アイテム〕のコンプリートを目指しているわけでもないしな、とミナルーシュは自分のやり込みグセに折り合いをつける。

 そんなところに今度は耳ざわりな羽音が聞こえてくる。

 ミナルーシュが音に向かって顔を上げると小さな黒い点が見えた。音からすると蜜蜂系のモンスターかもしれない。

〈初夏の燕は甲斐甲斐しく虫を取り尽くす〉

 ミナルーシュが燕の影を二羽放つのと同時に、相手の方からは風の刃が放たれる。

 ミナルーシュは相手の〔魔術〕を余裕で避けるけれど、その後ろで木の幹に大きな音を立てて切れ込みが入る。ミナルーシュは足を動かして相手に狙いを付けられないようにしながらそちらをちらりと見る。

 けっこう太い木の半分ほども切れ込みが入っている。

「こわ」

 さっき戦った巨大な天使と比べれば破壊の規模は小さいけれど、見た目のインパクトはある。

 しかしミナルーシュは木が密集して移動先が限られている中でも問題なく風の刃を避け続ける。

 その間に二羽の燕のシルエットは点にしか見えない敵をひょいとついばんでいる。

 観察する時間が長くなって、ミナルーシュにも相手の姿が把握出来てきた。音で思った通り、蜜蜂だ。現実の蜜蜂と同じように小さくて、普通に攻撃したら当てるのが難しそうだ。

 しかし燕の〔魔術〕はミナルーシュが狙いをつける必要なんてない。まぁ、あったとしても現実の蜜蜂をそう変わらない速さしかないこの敵なら全然ノーミスでクリア出来そうだけれど。

『〔魔蜂〕を20体倒しました』

「多くね?」

 どうやら群れ全体で1体ではなく一つ一つの個体で1体というカウントらしい。

 〔魔蜂〕を全て狩ってもまだ効果時間の残っている燕達がひゅるりとミナルーシュの元に帰って来る。〔HP〕が減っていなくてやることがないから、どことなく手持ちぶさたな雰囲気を感じる。

 ともあれ、〔魔蜂〕は小さすぎるし使い道も思い浮かばないし、ミナルーシュは回収をするつもりにもなれなくて止められた足をまた進める。

「うーん、初期の街に付随してるフィールドだからか、手ぬるいな。まー、無理ゲーになってもアレだしなー。でも〔エリアボス〕もまだ返り討ちになってるっぽいし、やっぱレベル上げしなきゃか」

 ログアウト中に流し見ていた掲示板では正式なルートの方の〔エリアボス〕である天使もまだ討伐出来なくて〔デスペナルティ〕になっているプレイヤーが続出していると書き込まれていた。初日から〔エリア〕解放といけるような難易度ではないんだろうとミナルーシュは当たりを付けている。

 少なくとも現状での〔ルーツ〕のレベル上限になっている10レベルまでは上げておく必要があるんだろう。それにこのペースでレベルが上がっているから、10レベルから先にレベルアップする方法も間違いなくあるとミナルーシュは予測している。

「クシャナが来るまでに10レベまで行けるかねー?」

 のんびりとぼやくミナルーシュに答えたわけではないけれど、二羽の燕の影が大きな蛾のモンスターを見つけて颯爽と飛んで行った。

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