ヒーロー
その後も〔テディベア〕は視界の向こうからぽこぽこと現れて、クシャナは呪いの炎で順番に焼いていった。
手際がとてもよくて、ルゥジゥは手慰みに琵琶を弾いているだけでなんの手出しもしないでよかった。
『〔テディベア〕を2体倒しました。
クシャナが【永久の雪】を2個取得しました。
クシャナが【滴る月光】を1個取得しました。
クシャナの〔魔女〕が2レベルに上昇しました。
ルゥジゥが【
「お、クシャナ、レベル上がったね。おめでとう」
「あ、うん」
クシャナのレベルアップがシステムメッセージに告げられたのは、二体まとまってやってきた〔テディベア〕を一緒に焼いた時だった。クシャナの呪いの炎は片方に触れて燃え上がると〔延焼〕してそばにいたもう片方にも引火したのだ。
初めに焼いた〔テディベア〕から数えると合計で四体目になる。
「レベルが上がると〔HP〕と〔MP〕が最大まで回復するんだね」
「そうなの? よかったね」
それならこのままレベル上げを続けられる。クシャナの戦闘も危なげないし、もっと先に進めば敵が増えて狩りがはかどるかだろうかとルゥジゥは思案した。
どっちにしろ〔ゲート〕が見つかっていないから探すのに歩く必要があるか、と思い至ってルゥジゥは琵琶を抱え直して重い腰を上げた。
「クシャナもけっこう動けてるし、もうちょっと先に行こうか」
「……ルゥジゥが、自分から立った」
「私のことなんだと思ってる?」
普通に立ち上がっただけなのに心底驚いた声を上げるクシャナに、ルゥジゥは心外だと思う。完全に普段の行いのせいなのだけれども。
「ほら、余計な時間なんか少しでも減らしたいんだから、さっさと行こう」
「あ、ルゥジゥだ。シャラじゃなかった」
続く発言でルゥジゥが入れ替わったのでないと理解して、クシャナはちょこちょこと隣まで駆け寄った。
そのクシャナにルゥジゥは自分の目を指差す。
「入れ替わったら目の色が変わるよ」
「あ、それで目の色が変わるようにしたの?」
クシャナがルゥジゥの目をよく見ようと顔を寄せるとフードの影に隠れた
ミナルーシュが自慢していた通り可愛らしい顔だ。
「顔隠すの止めたら?」
「うー」
ルゥジゥが指摘すると、クシャナは両手でフードを下に引っ張って少し距離を空けられてしまった。
一番仲がいいと自信を持って言えるルゥジゥとミナルーシュにこんな態度なのに、他のプレイヤーと出会った時はどうなるのかと少し心配になる。
そうは思ってもルゥジゥはなにを言うでもなく会話を切り上げて足を動かすだけだ。改善させなきゃいけないだなんてこれっぽっちも考えていない。
ルゥジゥが口うるさく言ってこないのを覚ったクシャナは、そっと空けた距離を詰め直す。
二人揃って黙って歩く、そんな当人にとっては気楽で落ち着く時間がしばらく続いた後に。
「……え、さすがに多くない?」
「クシャナ、がんばれー」
〔テディベア〕が五体も一度に現れた。
ルゥジゥは足を止めると地面に座り込んで琵琶を弾き始める。攻撃は完全にクシャナに押し付けるつもりだ。
「さっきみたいにまとめて焼いたらいいんじゃないかな」
そして気軽にそんな中身のない助言を寄越してくる。
クシャナはフードの下で頬を膨らませるが、残念ながらそれはルゥジゥには見えない。
ルゥジゥを睨み付けていても敵は減ってくれないから、クシャナは気を取り直して〔テディベア〕に顔を向ける。
〈炎よ、呪え〉
クシャナが前に伸ばした手のひらの上に昏い炎が浮かんだ。
とてとてと歩いてくる〔テディベア〕、その一番前にいる一体に向けてその炎はゆっくりと進んで行った。
〔テディベア〕は炎を避けるでもなく、燃やされる。さらに後ろからきた一体も燃えた仲間にぶつかって〔延焼〕した。
〈炎よ、呪え〉
クシャナはさらに左手を伸ばしてもう一つ炎を作り出す。それはまだ敵へと向かわせずに、もっと近づいて〔テディベア〕同士がまとまるのを待つ。
先に燃えていた二体が光と消えて跡を大回りで避けて、残りの三体は
〔テディベア〕同士の腕が触れ合いそうなくらいに固まったタイミングを狙ってクシャナは手のひらに浮かべた炎をそっと差し出した。
『〔テディベア〕を5体倒しました。
クシャナが【永久の雪】を5個取得しました。
クシャナが【滴る月光】を2個取得しました。
クシャナが【馥郁な花】を1個取得しました。
ルゥジゥが【馥郁な花】を1個取得しました。
ミナルーシュが【滴る月光】を1個取得しました』
「あ、ここにいないのにミナルーシュも〔ドロップ〕受け取ってる。ずるいなぁ」
「なにもしてないのにもらってるルゥジゥは
自分を棚に上げて文句をのたまうルゥジゥに、クシャナは溜息混じりなツッコミを入れる。
「ところで一休みしてる暇はないみたいだよ」
ルゥジゥに冷たい視線を向けていたクシャナは、彼女が腕を真っ直ぐに伸ばして撥で示す先に首を動かした。
視線を向けた先の光景にクシャナは呆気に取られてしまう。
〔テディベア〕が数えるのも嫌になるくらいに群れを作って、とことこと愛くるしく歩いて来ていた。
「多過ぎだって!? 何体いるの!?」
「ざっと数えたけど十二くらい?」
数えている暇があるんだったらもっと早く教えてほしいとクシャナは痛切に思った。〔テディベア〕の団体はもう五十メートルほどまで迫っている。
〈炎よ、呪え〉
クシャナは四回〔詠唱〕を繰り返して〔MP〕が底を尽きた。
ゆっくりと浮かぶ炎をクシャナは懸命に操って、前にいる〔テディベア〕を燃やすと同時に、その壁になっている〔テディベア〕を飛び越えさせて後方にも着弾させた。
それでも一つの炎で巻き込めたのは多くて三体で、燃やせずに残った敵も出てくる。
クシャナはなす術もなくのんびりと近づいてくる〔テディベア〕からじりじりと後退るしか出来ない。
新緑の光がクシャナを包んだ。何気にルゥジゥは弾いていた曲に〔魔術〕を登録してあったらしい。
しかしその〔魔術〕の発動でクシャナにだけ向かっていた〔テディベア〕の一体が方向を変えてルゥジゥの方を目指し始める。
「あ、ちょっと、そっちはだめ!」
ルゥジゥ本人には防御力アップも抵抗力アップもかかっていない。
クシャナが慌てて向きを変えた〔テディベア〕の進路を遮ろうと駆け出すと、他の〔テディベア〕もぞろぞろとクシャナを追いかけて片足を軸にくるりと体の向きを回していく。
ルゥジゥに向かってももっと多くの敵を誘導するのだと気づいたクシャナは自分の足を引き留めようとして、もつれて、思いっきり転んだ。
「クシャナー、だいじょうぶ?」
「なんでそんな呑気なの?」
地面にぶつけた鼻を押さえながらクシャナは全然危機感のないルゥジゥに批難の眼差しを向ける。
ルゥジゥは涼しい顔して琵琶の弦を掻き鳴らしている。
「だって、どうせゲームだし、それにさ」
〈猟犬達よ、走れ! 獣に牙を突き立てろ!〉
淡々としたルゥジゥの台詞の後に、鋭い声の〔詠唱〕が追い縋った。
十を超える短剣もしくは猟犬の牙を模した魔力の刃が空中を駆けて次々と〔テディベア〕達に突き刺さり三本ごとに一体ずつ屠っていく。
「ヒーローって遅れてくるっていうでしょ?」
ルゥジゥが事実を告げた言葉に対して、相手を入れるように走って来たミナルーシュは足で地面を削る音を立ててその場に飛び込んできた。
「二人とも平気!?」
『〔テディベア〕を14体倒しました。
クシャナが【永久の雪】を8個取得しました。
クシャナが【滴る月光】を4個取得しました。
クシャナが【馥郁な花】を3個取得しました。
ミナルーシュが【滴る月光】を6個取得しました。
ミナルーシュが【馥郁な花】を2個取得しました。
ミナルーシュが【永久の雪】を2個取得しました。
ミナルーシュの〔魔術師〕が2レベルに上昇しました。
ルゥジゥが【馥郁な花】を2個取得しました。
ルゥジゥが【滴る月光】を1個取得しました』
クシャナはシステムメッセージの音を遠くに感じながら、たった一つの〔魔術〕で〔テディベア〕の群れを蹴散らしたミナルーシュの凛々しい顔を熱のこもった眼差しで見つめるしか出来なかった。
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