初戦闘

「ま、なにはともかく、レベル上がれば〔MP〕も増えるしどうにかなるでしょうよ。て訳で、ルゥジゥ、クシャナが慣れるためにもちょっと戦闘でもしてきてくんない?」

「別に文句はないんだけど、その間そっちはなにすんのさ」

「家作る」

「家?」

 唐突に初心者のサポートを投げ出してきたミナルーシュにルゥジゥが白い目を向けるも、非難して戻ってきた返答に目を丸くする。

「そうよ。ここにあたしたち三人で暮らす理想の家を建てるのよ」

「そんなこと考えてたの?」

 クシャナもそれは初耳だった。ルゥジゥもそれは同じだ。二人は顔を見合わせて、一緒に肩をすくめる。

 クシャナでは弱いと判断して、ルゥジゥの方が話を進める。

「どれくらい時間かかるのさ」

「だいたいイメージは固めてあるから、三十分はかからないかな。ふふふ、クシャナのためにキッチンも完備、ルゥジゥが琵琶を弾けるように縁側も広めにしてあげるからね」

「おー。がんばれ」

 ミナルーシュは随分と妄想を捗らせてきたらしい。

 そんなものの相手をしても疲れるだけなのでルゥジゥは早々に見切りを付けた。

「あ、行く前に二人共〔MP〕回復していきなよ。〔神器〕に触れたら全快するはずだから」

「そういえば、そんな機能もあったね」

「あ、そうなの?」

 ミナルーシュに言われた通りに素直に予習をしてきたクシャナと、聞き流して興味のあるところだけざっと見たルゥジゥとでけっこう基礎知識に差があった。

 今度はミナルーシュがルゥジゥに白い目を向けるが、当の本人はそんなものは無視して、とっとと回復を済ませる。

「じゃあ、クシャナいこっか」

「はーい」

 クシャナがルゥジゥの後ろをちょこちょこと追いかけていく。〔魔女の外套〕で全身が隠れた姿が、タオルケットに包まっている幼児のようにも見えて微笑ましい。

 〔箱庭〕の中はどこまで行っても真っ白で方向感覚も距離感も働かない。

 ニ十歩も進まない内に、ルゥジゥは後頭部をかいて怠そうな声で不満を漏らす。

「どっちに行けばいいのか全然わかんないし、めんどくさ。早く他の楽器手に入れて、移動とかはシャラに押し付けよう」

「ルゥジゥ……もうちょっとがんばって」

 琵琶を取り出してその場に座ろうとするルゥジゥの手をクシャナは引っ張って移動を続けさせようと懸命になる。

 完全に引率が逆転していた。

 ルゥジゥも嫌々ながらクシャナを振り解くことも出来ずに引きずられていく。

「あれ? なんかいる」

「んー?」

 そんなこんなをしている内にクシャナがなにかを見つけてルゥジゥも顔を覗かせた。

「クマ?」

 そして視界に入ったちっちゃいぬいぐるみのモチーフをそのままつぶやく。

「テディベアだね、どう見ても」

 クシャナも同意見だった。

 というか、ぽてぽてと歩いてくるのは誰がどう見ても女の子に贈り物として人気があるもふもふしたクマのぬいぐるみだ。

 それは小さくて短い手足をたどたどしく動かして二人の方へと近づいて来る。

「あれって敵なのかなぁ?」

「この〔箱庭〕って私達のための場所なんだろう? そこに勝手にいるんだから倒していいんじゃないかな」

 予想もしてなかったものを見つけて呆然とするクシャナの手が離れたのが幸いと、ルゥジゥはすぐに腰を降ろして琵琶を構えた。

 敵と言ったらこうもっとモンスターらしいというか、それこそクマだったら現実でだって人と同じくらいの体高を持つ大きな脅威として存在していいはずだ。

 それなのにクシャナに近寄って来るのは、その小柄なアヴァターの膝にも満たないくらいに小さくて可愛くデフォルメされたぬいぐるみだ。拍子抜けにもほどがある。

 クシャナはルゥジゥが打ち弾く琵琶の音を聞きながらおもむろに右手をテディベアに向かって差し出した。

〈炎よ、呪え〉

 クシャナが小さく告げるとその手のひらにぽつんと炎が浮かび上がった。

 その炎はゆっくりと浮かんでテディベアに向かっていき。

 そしてその毛皮に触れた瞬間に燃え上がった。

 クマのぬいぐるみはよく燃えて声も上げずにのたうち回る。地面にどれだけ転がってもクシャナが呪い灯した炎の〔延焼〕は鎮火出来ない。

 二人が眺めている中で、力尽きたようにテディベアは動かなくなり、そして光の粒になって消えてしまった。

『〔テディベア〕を倒しました。

 クシャナが【永久の雪】を1個取得しました。

 クシャナが【馥郁ふくいくな花】を1個取得しました』

 システムメッセージが今の〔テディベア〕が確かに敵だったこととしっかりと倒したことを報せてくれる。

 その機械音声を聞きながらルゥジゥはなんとも言えない顔をして弱く弦を打つ。

「クシャナって乙女の割にけっこう容赦ないとこあるよね」

「え、倒してよかったんでしょ?! 違うの!?」

「いや、いいんだよ、なにも間違ってない。ゲーム的には」

 あの見た目だから女の子だと戦うのに躊躇するだろうし、ましてや焼こうだなんて普通は思わないだろう、というのはルゥジゥの胸の内に秘めておくことにした。

 クシャナがゲーム内で戦うのに抵抗がないというのを確認出来たのだから、むしろ良かったと思えばいいとルゥジゥは自分を納得させる。

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