猟犬の牙
クシャナが黙ってミナルーシュを見ていたら、ミナルーシュからもじっと見返された。
ミナルーシュはやけに真剣な顔をしてクシャナに近寄って来る。
どうしたんだろうとクシャナが首を傾げると、肩の方へ落ちた頬をミナルーシュの手が添えられた。
そしてミナルーシュの顔がクシャナの顔に迫ってきた。
「なになになになに!?」
なんの前触れもなかったミナルーシュの奇行にクシャナは飛びのいた。
ミナルーシュはクシャナがいなくなった空間にぽつんと残された自分の左手を残念そうに体に引き戻す。
「え。クシャナがじぃって見てくるからキスしてほしいのかなって思って」
「なにその発想、こわいんだけど」
「どうせアヴァターなんだし、むしろ経験してた方が後々役に立つかもよ?」
「なぐるよ」
クシャナが拳を振り上げると、ミナルーシュはにやにや笑うのを止めることもなく片手を上げてそれを制する。
「もー、クシャナってば本気になっちゃって、相変わらずかぁいいんだからぁ」
「君、クシャナをからかうのもほどほどにしないと嫌われるよ」
「えー? クシャナ、あたしのことキライになっちゃった?」
ルゥジゥに窘められたのも気にした様子もなくミナルーシュはクシャナに話を振ってくる。
クシャナはどぎまぎしながら、いさよわしく返事をした。
「そんな……嫌いになんてなるわけないよ」
「やっば。うちの嫁可愛くない? 可愛すぎだよね?」
小動物みたいに庇護欲をかき立てるクシャナの態度を前にして、ミナルーシュは真顔でルゥジゥに同意を求めてきた。
もうすっかりあほらしくなってルゥジゥはため息を吐く。
「そういうことばっかり言っているから教室にガチで勘違いするバカが出てくるんじゃないの?」
「いやー、実際問題、あたしクシャナだったら一生養ってもいいわ。料理美味しいし、ポイント高いって」
「え、あっ、み、ミナルーシュは家の設計終わったの?」
この話題を続けられると一人だけ精神的ダメージを受けることになるクシャナがそれはもう分かりやすく話を反らそうとがんばった。
それもまた可愛いなとミナルーシュは思ったけれど、クシャナのがんばりを評価してつたない話題転換に乗って上げることにする。
「いやいや。いきなりクシャナの〔MP〕が赤くなるわ、ずっと減ってなかったルゥジゥの〔MP〕が減るわしたから、これはピンチなんだなって思って走ってきた」
「……速くない? わたしたち十数分歩いてきたと思うんだけど」
クシャナが〔魔術〕を連発してルゥジゥの〔魔術〕も発動してから、ミナルーシュがやって来るまでどれほどの時間があっただろうか。
「ああ、身体速度上げる〔魔術〕を重ねがけしたからね」
その速度の答えをミナルーシュは事もなげに口にする。
クシャナやルゥジゥと違って〔神器〕の台座の前にずっといて戦闘なんてしていなかったはずなのに、ミナルーシュは二人よりも
「さっきの攻撃もそうだけど、よくまぁ、そんなポンポンと〔詠唱〕作れるもんだ」
これにはルゥジゥも心から感心していた。
「イメトレずっとしてたからね。〔詠唱〕に使えそうなのもいくつか考えてあるよー。猟犬は思った以上に使えそうでラッキーだったけどね」
その真面目さが学校の勉強にも活かされたらいいのに、とクシャナは脳裏に授業中に机に突っ伏して昼寝する
赤点は取らないけれど、逆にテストの点数が良ければいいんでしょと言わんばかりの態度を思うと友達としてどうしても心配になる。
「ま、設計も大まかには組めたし、データ保存したら今でも必要な〔素材〕が山ほどあってすぐに建てられないのもわかったし、こっからはあたしも合流するから先進もっか。取りあえずクシャナのレベル上げて〔MP〕回復させるとこからね」
ミナルーシュは右手を上に突き出して体を伸ばした。やる気は十分だ。
「あれ、〔神器〕に触れても回復出来たよね? ミナルーシュがクシャナ抱えて走ってまた戻って来た方が速いんじゃない?」
短時間で〔神器〕の元からここまで駆け付けた実績があるんだからとルゥジゥはレベル上げじゃない提案を出した。
攻撃も支援もしてないルゥジゥがまだレベルが上がっていないのを考えると、〔MP〕がほぼ枯渇してなにも出来ないクシャナがもう一度レベルアップするまでに時間がかかるのは目に見えている。
「あたしは別にいいけど、クシャナ、お姫様抱っこされたい?」
ミナルーシュがさらっとクシャナに視線を向けると、クシャナは〔魔女の外套〕が揺れるほどの勢いで首を横に振った。
「いい! レベル上げする!」
「もー、恥ずかしがんなくていいのにー」
ミナルーシュはへらへらと笑って残念がりながら歩き出した。
その後をローブの下の顔を真っ赤にしたクシャナが追いかける。
そして最後にルゥジゥが面倒臭そうに立ち上がった。
ミナルーシュは歩きながら〔魔導書〕の分厚いページを開く。
少し足の回転を速めたクシャナがその横に並んでミナルーシュの〔魔導書〕を覗きこんだ。
「どうしたの?」
「いや、どっちの〔魔術〕使った方がいいかなって思って。〈ショット〉は猟犬の半分の〔MP〕で使えるけど、成功率が五十パーセントか。猟犬が八十パーセント超えてるし、やっぱオリジナルの方が性能高いんかな」
ミナルーシュはぱたんと〔魔導書〕を閉じると〔インベントリ〕に仕舞った。
横にいるクシャナからは、手品のように〔魔導書〕が手から滑り落ちて消えてしまったように見えた。
「じゃ、戦闘準備を済ませよっか。〔スペルセット:〈猟犬よ、走れ! 獣に牙を突き立てろ!〉〕」
ミナルーシュが〔スキル〕に〔魔術〕を指定すると一瞬だけ彼女の右腕が光った。
〔スペルセット〕で指定している間の〔魔術〕は〔詠唱〕なしで使用が出来る。
ミナルーシュが無言で腕を振るうと、その指先の軌跡に沿って〔魔術〕で発生した刃が並んだ。
「行け」
ミナルーシュが声をかけると猟犬の牙はそれぞれに空中を走り出した。
そして遠くから斬撃の効果音が何度も発生した。
『〔テディベア〕を4体倒しました。
ミナルーシュが【滴る月光】を4個取得しました。
ミナルーシュが【馥郁な花】を2個取得しました。
クシャナが【永久の雪】を1個取得しました。
クシャナの〔魔女〕が3レベルに上昇しました。
ルゥジゥが【馥郁な花】を1個取得しました。
ルゥジゥの〔奏者〕が2レベルに上昇しました』
「よし、オッケー」
狙い通りにクシャナの、それからついでにルゥジゥもレベルアップしてミナルーシュは満足そうにうなずいた。
視界の中に一体の敵もいないのに行われた乱獲にクシャナは言葉を失っている。
「これ、実はミナルーシュだけでいいんじゃない?」
「一人でやるよりみんなでやった方がゲームは楽しいじゃん。クシャナもルゥジゥもなかなか付き合ってくれなくて、あたしはとってもご不満だったんだから」
ルゥジゥのツッコミに対して戦力として二人が必要だとは一言も言わない辺り、ミナルーシュも正直者だ。
「えっと……どういうこと?」
そしてシステムメッセージから告げられた事実だけではどうしてこうなったのか理解出来なかったクシャナが呆然とつぶやいた。
「ん? 猟犬だからね、獲物を狙う〔追尾〕する効果がある〔魔術〕なんだよ。あと、〔獣特攻〕と〔刺属性〕になってる」
ミナルーシュはなんでもないように言っているが随分と内容が多い。ここまで詳細に〔魔術〕の性能が把握出来ているのも〔魔導書〕に記載されているお陰だ。
ルゥジゥの言う通り、ミナルーシュだけの方がスムースにゲーム進められるんじゃないかなとクシャナは割と切実に思った。
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