戦力外通告
朝の支度を終えた
リビングを取った時に母親から心配そうな目を向けられたのもあって、いっそこのまま二度寝をキメたいくらいだ。けれども、そんなことしたらまた
雪菜が
そこに待っていたのは巫女服に白い花房の首飾りをかけた美しい女性だった。クシャナのサポートを担当してくれている管理AIの
「おはようございます。今日もいらしてくださったのですね」
香り雪の丁寧な口調はクシャナの耳をくすぐって心を穏やかにしてくれる。
それでクシャナも自然と柔らかい声で返事をした。
「ええ。ちょっと友人にたたき起こされまして……」
それでもついさっきの歩月の暴走を思い返すと、クシャナの目は遠くなった。
香り雪に、まぁ、と口元を袖で可憐に隠してくすくすと笑われて、クシャナはやっぱりミナルーシュに文句を言わないといけないと決意を改めて固める。
「では、どうぞレトリックランドへお行きください」
香り雪に手招かれて、クシャナの見る景色がまたテレビのチャンネルを変えたように様変わりする。言わずもがな、そこはクシャナ達、ディアファミリーの〔箱庭〕だ。
そこに待ち構えていたミナルーシュがクシャナの姿を見ると同時に抱き着いてくる。
「クシャナー! 待ってたよー!」
「はいはい」
なんかもう相手するのも疲れてしまうから、クシャナはミナルーシュをおざなりにあしらう。
そんなクシャナの様子に気づいていないのかミナルーシュは
「あたしたちの赤ちゃんも元気かなー?」
「別にミナルーシュの子どもではない」
クシャナはぺしりとミナルーシュの頭をはたいて体を引きはがした。
ミナルーシュが不満そうにほっぺをふくらませているけれど、むしろ不満なのは穏やかな朝の睡眠を妨害されたクシャナのほうだ。
「きゅいっ」
そんな二人の足元で真っ白なイナバが跳ねて自分の存在を主張する。それが妹か弟が生まれる前のお兄ちゃんが必死に両親の気を引こうとしているように思えて、クシャナは自然をほほをゆるめる。
「イナバもおはよう」
「きゅい、きゅい」
イナバは元気よく鳴いては跳ねてクシャナに目を向けてもらった喜びを表現する。
その光景にミナルーシュもまんざらではなさそうで、むふーと荒い息を鼻から吹き出していた。
「いいね。わが家がさいこーだ」
「なにを夫面しているの……?」
べつにミナルーシュは血縁関係も夫婦関係もないんだからね、とクシャナがけん制するが、ミナルーシュはまぁまぁとごまかしてくる。
「ともかく、この幸せな家庭を守るためにも、ボスを倒そう!」
「ん? そういう話になるの?」
「なるなる。あいつらほっといたら世界滅亡だよ?」
「あっ」
素直なクシャナはミナルーシュの口車にすぐにだまされてしまった。いや、ゲーム設定としてウソではないのでだまされているかというと微妙なところだけど、ミナルーシュは深く考えずに思いつきをそれっぽく語っているだけなので、クシャナの気持ちをだまくらかそうとはしている。
そんな事実には気づかずに、クシャナはイナバを守らなくちゃとやる気に瞳を燃え上がらせた。
「それは倒さなきゃね。行こう」
矢も楯もたまらずにクシャナは〔魔女の箒〕を取り出した。昨日、何度か〔魔術〕で〔魔女の
「きゅい!」
そんなクシャナの意気込みに感化されたのか、イナバも勢いをつけてクシャナの肩に跳び乗った。
けれどクシャナはそんなイナバをふんわりと愛ぜんだ後に、そっと両手で包んで地面に降ろす。
「イナバは危ないからお留守番しててね」
「きゅいー!?」
クシャナの戦力外通告にイナバはショックを受けて、がびーんと体をのけ反らせる。
「いや、まじでボス戦に〔チビット〕とか足手まといにも程があるし。戦場に出たきゃ進化とかしなよ」
「きゅい! きゅい!」
口さがないミナルーシュの批判にイナバは怒ってその足に何度も体当たりして不平をぶつけてくる。そんなことされてもちっともダメージが入らない現実が、イナバの無力さを証明してしまっている。
「じゃ、いこっか」
ぶつかってくるイナバの柔らかさなんて気にも止めずにミナルーシュはクシャナをうながした。
クシャナもうなずきを返して〔魔女の箒〕に横座りして浮かび上がる。
「イナバ、いい子にして待ってるんだよ」
「きゅぅ」
クシャナに念押しされて、本当に自分は連れていってもらえないんだと悟ったイナバはぷしゅんと空気が抜けたようにつぶれてしまった。
クシャナは少しかわいそうに思ってしまうけれども、この後にミナルーシュが〔デスペナルティ〕をしたのと同じ立場の敵を相手するのだからと、心を鬼にしてイナバを置いていった。
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