微睡みの破壊者

 日曜日の時間が間延びした朝の中で、雪菜せつなはぐっすりと眠っていた。昨日はぎりぎり日付が変わる前にレトリック・プレイ・オンラインをログアウト出来たけれど、普段の雪菜からすればとんでもなく遅い就寝時間だった。

『雪菜、雪菜、雪菜ー! 起きて、雪菜ー!』

 そんな泥のような眠りに雪菜が沈んでいる部屋の安らぎを、明け方の烏みたいな騒がしい声がぶち壊した。言うまでもないが、声の主は歩月ほづきだ。

『雪菜、雪菜、雪菜ってばー! おーきーてー!』

 歩月は返事のない雪菜に向かって繰り返し繰り返しわめき立てる。

 意識のない雪菜の眉がへの字にしかめられて、ついにびくりと体が震えた。

「うるさーい!」

 眠りを妨げられた雪菜が絶叫する。

『あ、雪菜、起きた! おはよー!』

 寝起きの雪菜のいらだちを全く気にしてないのか、歩月は返事が来たのを喜んではずんだ声を返してくる。

「……歩月?」

 寝ぼけた雪菜がやっとスマートフォンから流れてくる声に理解が及んだらしい。

『そうだよ』

 対して歩月はなんの悪びれた様子もなくあっけからんと返事してくる。

 歩月の傍若無人ぶりはいつものことだけど、無理やり起こされた雪菜は半眼で電話の向こうの歩月をにらむ。

「なんで取ってもないのに通話繋がってるの」

『え、VRデバイスからボイチャでつないでるから』

 雪菜はそんなろくでもないアプリがあるだなんて、やっぱりVRがイヤになりそうだった。

「そんなの入れた覚えないんだけど」

『アヴァター作った時についでに仕込んでおいた』

「……怒るよ?」

『なんで?』

 なんで、じゃない。勝手にそんなものをインストールするな、と雪菜は言いたかった。

 それにVRデバイスに入れたアプリがスマートフォンに勝手に連動しているのも、雪菜には納得がいかない。

『あ、てか、そんなことより! 大変なんだよ、雪菜!』

 そんなことじゃない、と雪菜は声を大にして言いたいけれど、こうなった歩月は人の話なんか聞かないから諦めるしかない。

「もぉ……なぁに?」

 雪菜の声はまだ半分眠っている。というか歩月との通話が切れたら秒で眠れる。

『今すぐログインして! ボス倒しに行くよ』

「……おやすみ」

『寝るなぁっ!』

 歩月が叫んでいるけれど、雪菜からしたら昨日の約束を破っているのは歩月の方だ。昨日遅くまでレベル上げしたから、今日の朝はゆっくりでいいって言っていたんだもの。

 それでももう終わりというところで歩月がまただだをこねたから、九時集合に妥協したのもある。雪菜からしたら十時くらいでよかったのに。

『雪菜、雪菜、雪菜! お願いだから起きて! ねぇ、雪菜!』

「ぐぅ……うっ……」

 昨日はいつもより遅くに寝たからまだまだ眠いのに、歩月がうるさくてとても二度寝できない。その苦しみが雪菜の口からうめき声となってもれ出ている。

『ねぇ、雪菜ってばー』

「わかった……わかったから、もうちょっと静かに……」

 今更だけど雪菜の部屋から女の子の声が響いているだなんて、両親に聞かれたら大ごとだ。

 まずは話を聞く姿勢を見せて、歩月に落ち着いてもらおうと雪菜は試みる。

『話、聞いてくれる?』

「聞くから声を控え目にして」

『まっかせて!』

 歩月はなんにもわかってないと思わせる大声で元気よく返事をする。

 雪菜はもう通話を切りたい気分だったけれど、勝手につながれたこの通話がどのアプリで機能しているのかわからないから実行できないでいた。

『あのね、雪菜、実は【香雪こうせつ社都しゃと】のプレイヤーがエリアボスをもう倒しちゃったんだよ! ちくしょう、攻略サイトの連中はほんと廃人なんだから』

「はぁ……?」

 刹那はそれがどうしたの、という気持ちと、歩月が人のこと言えるの、という気持ちがないまぜになって生返事をする。

「ん? 【香雪の社都】って、わたし達の【遊花ゆうか駅街えきがい】とは別のとこだよね? 別に倒されても関係なくない?」

 確か歩月は他のプレイヤーにボス討伐を取られるのがイヤだからレベルを上げようと言っていたはずだ。でもさすがの歩月だって、違う初期エリアのボスまで自分が倒したいだなんて思っていないはずだ。……思っていないでいてほしい、と雪菜はひっそりを願う。

『そうだけど! そうじゃないの! 一番はいつだって特別なんだよ、雪菜! それが取られちゃったんだよ! 早く追い付いて、追い抜き返さないと一番が取れないんだよ!』

「うん、その意欲は勉強で出したらどうかな?」

『え、ムリ』

 ゲームにはそんなに意欲的なのに、勉強では一番を取るつもりはないと即答する歩月に、もう雪菜はため息でなかった。

『雪菜? どうしたの? 聞いてる? ねぇ、雪菜ー?』

 あきれて返す言葉も見つからなくて黙っていた雪菜に向けて、歩月が不安そうに呼びかけてくる。

「はいはい、ログインすればいいんでしょ。起きたばっかりだから、すぐは無理だからね」

 雪菜はもうめんどくさくなって自分が折れることにした。

 それでもまだ歯磨きもしてないし顔も洗っていないし、本当に歩月にたたき起こされて寝起き直後なので身支度をするのに時間がかかる。

『うん! やった! 雪菜、だいすき!』

「はいはい」

 現金に喜ぶ歩月を軽くあしらって、すっかり目がさえた雪菜はベッドから抜け出す。

「歩月、通話切っておいてよ」

『もち。まかせて』

 ぷつりとスマートフォンから通話が切れた音がしたのをしっかりと聞いてから、歩月はあくびまじりで伸びをした。

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