脅迫

「よし、じゃあ、またレベル上げがんばろー」

「え」

 新しい〔ルーツ〕も取得してさっそくミナルーシュがやる気で声を張り上げるのに、クシャナが戸惑いの声で返す。

「もう十時過ぎだけど」

「まだ十時すぎだよ?」

 いつもならそろそろベッドに入るクシャナと、ここからがオンタイムだというミナルーシュの意識がキレイにすれ違った。

 これはまた話が長くなると見て、ルゥジゥは腰を降ろして琵琶を取り出す。

「夜更かし、だめ、ぜったい」

「いや、日付変わる前を夜ふかしとか言われても」

 子どもの健康と成長にはクシャナの言う通り早寝早起きが理想ではあるけれど、今どきは小学生だってこんなに早く寝ることがないのはミナルーシュの言う通りだ。

 二人はお互いの正当性で火花を散らして意見は平行線をたどる。

「むぅ」

「むー」

 そんな二人を見上げてイナバがせわしなく体の向きを交互に変えている。

「今取った〔ルーツ〕のレベルがカンストするまではやろーよー! 日付変わる前には終わるってー!」

「……かんすと?」

 クシャナはミナルーシュの出したゲーム用語が分からなくて琵琶を鳴らしているルゥジゥに顔を向ける。

 フードの陰からクシャナに助けを求められてルゥジゥは肩をすくめて答えた。

「カウントストップの略。レベルを上限まで上げ切ることだね」

「なるほど」

 クシャナはルゥジゥにうなずいて見せてからミナルーシュにまた向き直った。

「明日でもいいでしょ。日曜日なんだから」

「やだやだ! 明日の朝いちじゃないと他のプレイヤーにボス倒されちゃうよ!」

 ミナルーシュは足で地面をたたき、両腕も振り乱してだだをこねる。

 中学生にもなってそんな姿を見せるミナルーシュに、ルゥジゥが白い目を向けていた。

「それにレベルが上がればみんな強くなるんだよ? それってつまり死なないってことだよ」

「……む」

 みんなが死ななくなると聞いてクシャナが耳をかたむける。

 これは好機とミナルーシュは勢い任せにたたみかけた。

「クシャナ、あたしがなんでデスペナったと思う?」

「え、だって倒せない敵にわざわざ向かっていったからでしょ?」

「ちっちっちっ。それはちがうよ。あれは倒せないんじゃない。『今は』倒せないだけ。もっと言うと、倒せるだけのダメージが出せなかっただけだよ」

 ミナルーシュは水を生み出す天使の攻撃に全く当たらなかった。〔HP〕が減らなければ〔デスペナルティ〕にはならない。

 もっとも、あの攻撃の密度を一人で回避し続けるミナルーシュがそもそも異常なのであって、普通の感覚ではあのボスは現状倒せない相手だというのをクシャナは知らない。ついでに言えばクシャナは実際に水の器が組み合わさった天使を見ていないので、ミナルーシュの言い分を丸っきり信じてしまう。

「ダメージは出せてた。でも足りないから倒せなかった。ならどうすればダメージを増やせると思う?」

「え……強い攻撃を当てる?」

「うん、そうだね、それも一つ。新しく威力の高い〔魔術〕を作ればいい。でも、それを使うにはなにが必要?」

「〔MP〕?」

「そうだよ! このゲームの攻撃手段は〔魔術〕。そして〔魔術〕を使うには〔MP〕が必要だね。じゃあ、〔MP〕はどうやって増やす?」

「回復する?」

「確かに回復アイテムを持ってくのは大事。でもそれを溜め込むよりも早い方法があるよ。レベルアップすれば〔MP〕も増えるでしょ?」

「そ、そうだね」

 あ、だんだんクシャナが気圧されつつある、とルゥジゥは横で見てて気づいた。しかしルゥジゥからすれば眠るのがすぐだろうが、日をまたごうが、どっちでもいい。なんならゲームの中で起きていれば琵琶が弾けるから、どちらかと言えばミナルーシュの味方になってもいいくらいの気持ちでいる。

 なのでのんきに琵琶を弾いてクシャナに助け舟を出すのを見送った。

「それにレベルが上がれば〔能力値〕も上がって、今の〔魔術〕でも威力が上がるんだよ。しかもあたしは〔エキスパートルーツ〕を取得して〔能力値〕の上がり幅も大きい。今日のうちにみんなでレベルをカンストさせれば、とっても安全に! 確実に! ボスを倒せるの! それも相手は駅員さんに止められたほうじゃなくて、倒してほしいって頼まれたほう! ほら、レベル上げたほうがいいでしょ?」

「う、うん、そう、かも?」

 クシャナがついにうなずいてしまった。

 イナバはご主人が討論に負けるのを悟って、やれやれとふきだしが出そうな仕草で体を揺すった。

「みんなの安全のために、今日、レベルカンストさせて明日の朝にボス倒しに行こう?」

「え、でも……」

 クシャナはぎりぎりの理性で一番致命的なところでうなずいてしまうのをなんとかとどまった。

 契約書で言えば、ペンは持っていてもサインはしてないところだ。まだ損をする最後の一線は踏み抜いていない。

 ミナルーシュはここはもう一押しと目を光らせた。

「もし今日カンストしないなら、明日は朝六時集合にする」

「ええ! 無理だよ! ていうか、ミナルーシュだって起きられないでしょ!?」

「ゲームのためならあたしは起きるよ!」

「むしろ学校の時に起きてよ!」

 どうしようもないことを自慢して胸を張るミナルーシュにクシャナが悲鳴を上げる。

 これまでゲームで夜ふかしして学校に遅刻するミナルーシュを何度見たことか。

 ちなみにクシャナも朝は弱いほうだ。学校がないならゆっくりと寝てベッドから出てこないまままどろみに浸っていたい派である。

 それなのに、今日やらないと明日の朝早くにミナルーシュにたたき起こされると言われて顔を青ざめる。ミナルーシュならVRギアに無理やり通話をつないで朝から叫び声を雪菜せつなの部屋に響かせるのが容易に想像できた。

「わ、わかった……レベルカンストまでだよ。次に新しい〔ルーツ〕を取れたとしても、それでカンストしてないからとかいうのはなしだよ」

「もちろん。約束する」

 ミナルーシュからしたら、カンストした〔ルーツ〕を次の〔ルーツ〕に変えるといったんレベルが下がって弱くなるから、ボス戦の後までカンスト状態を維持するつもりだった。

 そんなミナルーシュにとって全勝ちな状況を見て、ルゥジゥがぼそりとつぶやく。

「いや、最後は脅しかよ」

 まるでヤクザみたいなやり方だな、とルゥジゥはすっかりあきれ果てていた。

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