服屋での散財

 酒場のおやじの忠告を無視して教えてもらったいい感じのお店に行ったら、当然のように門前払いにあった。理由はもちろん、ドレスコードに引っかかったからだ。

「今のくだり、要る?」

 せっかく教えてもらったことを無視して踏んだ無駄足にルゥジゥが不満を漏らす。

 その冷たい声にミナルーシュも苦笑いを返して叱責から逃れようとしている。

「まぁまぁ、やっぱりだめでしたって確認できたじゃない。もし入れたら節約できたんだしさ」

 NPCの言葉をうのみにしてそれが無駄足だったっていう場合もあるのだ。

 どっちもどっちでしょ、とミナルーシュは愛想笑いでルゥジゥをなだめる。

 それで許したわけではないけれど、ルゥジゥは時間を食う方がイヤだから服屋へミナルーシュをうながす。

 ミナルーシュは怒られないならそれでいいとばかりに、気楽に鼻歌混じりで歩き出す。

 服屋も酒場のいかつい店主に場所を教えてもらえていたので、探し回る必要はなかった。

「どうせなら、防御性能もいいやつがいいなー」

 店員にフォーマルな服が必要な理由を伝えた上でミナルーシュはそんな要望もついでに通す。

 かしこまって接客してくれている女性店員は嫌な顔一つせずに、ミナルーシュの追加した要望も受け取って服を見繕いに行ってくれた。

 そして店員が持って来てくれた服を二人は試着する。

 ミナルーシュに出されたのはワンピースタイプのシックなドレスで、灰に近く薄め紫の生地が若さを引き立てつつも大人びた雰囲気を演出している。

 ルゥジゥのほうは演奏家であり琵琶も見せたのでそれに合わせたドレスを用意された。フラメンコ衣装のように背中ががっつりと開いた赤いドレスで、裾や袖が花びらのように広がっている。これで琵琶を弾いたら袖がひらひらと揺れて見栄えがすると思う。

「ルゥジゥ、いいじゃん」

「ま、ミナがそういうならこれにしようかな」

 実際はなにを着せられたって文句はないのだけど、ルゥジゥだって親友のほめ言葉くらいは参考にする。

「こっちも〔抵抗力〕が〔ローブ〕より高いよ。ちゃんと選んでくれたんだね」

 ミナルーシュは見た目も気にしてはいるけれど性能の方に目が行っている。

 実用性も配慮してもらえて素直に喜べば、店員の方も嬉しそうに会釈をくれた。

「よし、ついでにクシャナの分も買って、あの全身隠す外套を引っぺがそう」

「がんばれー」

 自分達の分を購入してもまだ資源に余裕があったので、ミナルーシュはせっかく力を入れてデザインしたアヴァターをみんなに知らしめようと画策する。

 ルゥジゥの気の抜けた応援を受けて、ミナルーシュはやる気で瞳を燃え上がらせる。

 これは長くなりそうだなと、ルゥジゥは店員に演奏した時の着心地を確かめたいとてきとうな理由で許可をもらって琵琶を取り出した。

 ミナルーシュは自分のデータはまずは強さ重視、強さが同じならデザイン優先で選ぶけれども、クシャナについては完全に美を極めるつもりでいる。

 アヴァターを自作するのだから、ミナルーシュの美意識は割と高く、こだわり出すと時間を忘れて没頭する。

 アヴァター作成時に保存しておいたクシャナの画像を取り出し、店を引っくり返す勢いで店員に服を持って来てもらって、どれが一番似合うか吟味している。

 ミナルーシュと店員は、見た目の愛らしいクシャナのアヴァターを着せ替え人形にしてガールズトークにすっかり花を咲かせている。

 ルゥジゥは店にやって来たお客さんにふしぎそうな目で見られて、それからテンションの高いミナルーシュと店員に動きを止めたお客さんに軽く説明をして長くなりそうだと伝え、この店を後回しにするお客さんを見送った。

 これは業務妨害というやつじゃないかなとは思いつつ、店の人が一緒になってはしゃいでるからこっちに責任はないかなと一人で納得して、のんびりと思うままに琵琶の演奏を楽しむ。

 やっと二人が納得したドレスを選び出したのは三十分以上が過ぎてからで、選ばれたドレスは三着もあった。

「ねぇ! ルゥジゥがお金出してくれたらあと二着追加できるんだけど!」

「クシャナがその三着に飽きてから相談してくれ」

 女性の服に慣れてないクシャナは、ミナルーシュがもう清算を済ませた三着でもう手に余すだろうと思って、ルゥジゥはミナルーシュの叫びをいなす。

 だいたい、ゲームの装備なんて一回着たら上位のものが見つかるまではそのままになるし、上位のものが手に入れば〔インベントリ〕の肥やしになってまた日の目を見ることはないし、現実の服以上に散財のかいがない。

「ぐぬぬ……いや、待てよ。〔エンヴォイ〕狩りまくれば金は手に入るな?」

「それです。この美しいお姫様に相応しい美を揃えるにはそれしかありません」

 なんかちょっと目を離した隙に、この店員ずいぶんと思考がバグったな、とルゥジゥは遠い目になる。

「これも魔性の美ってことになるのかな?」

 クシャナのかわいらしさが人を狂わせたのはいいのだけど、それがミナルーシュに造られたものなんだよなと思うとルゥジゥは胸がもやもやする。

 あとこんな無駄遣いして、またクシャナに怒られるんだろうなと思うとミナルーシュの凝りなさに呆れてしまう。

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