異世界の酒場

 ルゥジゥが人探しの〔クエスト〕を受けた。それはいい。〔クエスト〕に貴賤はない。

 それにどんな〔クエスト〕がおまけで〔スキル〕や強アイテムを貰えるか、クリアするまで分からない。

 だがしかし、探す相手が天才作曲家で今はスランプ、だけしかないとはどういうことか。

「探す相手の居場所くらい聞いておきなさいよ!」

「あー、ミナならどうにか出来るかなって思わなくもない。ほら、ゲーム得意でしょ」

「受けた時はなんも考えてなかったのね、毎回毎回ほんとにもう!」

 ミナルーシュが街の人に話を聞いても、ヴェルトヴィンという作曲家は知っていても住所は誰も知らなかった。

 昨今のVRゲームはNPCの生活アルゴリズムを矛盾なく回すために現実に近い環境が造られている。平成のコンシュマーゲームみたいに、有名人の居場所をそこら辺に歩いている人が誰でも知っている、なんていう個人情報ガバガバなわけではないのだ。

 そうやってNPCごとに情報の差異が出ることで行動がリアルになり、行動が多様化することで〔クエスト〕が自然発生していく。

 その結果として運営からしても想定外の〔クエスト〕が発生するのも、最近のVRゲームではざらにある話だ。

「つまり攻略サイト探してもルート判明してない〔クエスト〕なんていくらでもあるんだよ! ましてやRPOは今日サービス開始したばっかだし!」

「答え分かってゲームしても面白くないんじゃない?」

「そういう話をしてるんじゃない」

 気苦労のしんどさを訴えているのに、それが楽しいんだろとか元凶に開き直られても困る。

「ったく。仕方ない、ここはRPGの原点に戻るか」

「ん?」

 街をてきとうに歩いてもらちが明かないと、ミナルーシュは〔マップ〕を拡大してとある施設を探す。

「ゲームで情報が集まる場所って言ったら、酒場でしょ」

「こんな真っ昼間から酒だなんて、未成年にあるまじき所業だね」

「ゲーム内で年齢制限とか関係ないから」

 VRでアヴァターが酒を飲んだって体にアルコールが入るわけじゃない。

 R指定の入ったゲームなら酔いを再現するものもあるけれど、全年齢対象だと大抵〔状態異常〕が入るくらいだ。

 だいたい、酒場に行くからって酒を飲むとは一言も言っていない。

 ミナルーシュは〔マップ〕の中にビールジョッキのアイコンを見付けて、そこに向けて歩き出した。

「てか、酒飲まんし。飲んだらぜったいクシャナに怒られるし」

「怒られなくても飲むなよ」

 道中でそんなかけ合いをしながら、やってきた酒場は、まだ辺りは明るいのに中からがやがやと人の喧騒がもれている。

 というか、よくよく考えると朝からずっと空は薄っすらと明るく月が透けていて、もう最初のログインから六時間近く経つのに太陽が登ってきてさらに明るくなる気配も、沈んでいって暗くなる様子もない。

「RPOは朝とか夜とかないんかな?」

「さてね」

「なんだよー、話に乗って来いよー」

「目的地が目の前なんだから、さっさと入るよ」

 ここに来ていきなりぐずるミナルーシュの相手なんてせずに、ルゥジゥはさっさと酒場に入ってしまう。

 ミナルーシュは唇をとがらせてその背中を追う。

 酒場の中はファンタジー作品でイメージする通りのいかつい男性で席が埋まっている。

 ルゥジゥもミナルーシュもその男くさい雰囲気に物怖じしないで、カウンターまで真っ直ぐに突き進む。

「こーんにちはー」

「ん? なんだ、子供がこんなところに来て」

 ミナルーシュがカウンターから身を乗り出して、奥でビールをジョッキに注いでいた筋骨隆々のおじさんに声をかける。

 酒焼けした声がミナルーシュの年齢をとがめる。レトリックランドでも子供がお酒を飲むのはいけないことっぽい。

「ちょっと探してる人がいるの。あ、あたしら、来訪者なんだけどさ」

「ああ、噂の。なんだっておまいさんらは、どいつもこいつも酒場で情報集めに来んだ? 酒を飲みに来いよ」

 どうやらミナルーシュみたいに他のゲームタイトルからの発想で情報を聞きに来たプレイヤーがいるようだし、店側はそれをおもしろくは思ってないようだ。

 これはちょっと印象がよくないかもしれない。

「えっと、お酒は飲めないんだけど、ジュースとかある? あ、お金は花とか雪とか光とかいいんだよね?」

 筋肉のおじさんはカウンター越しにじっとミナルーシュをねめつけた後に、奥へ引っ込んで行ってしまった。

 これは怒らせたかな、とミナルーシュが腕組みしていると、おじさんが戻ってきて、どんとデカいコップを二つカウンターに打ち付けた。なみなみ入った炭酸水がしゅわしゅわ弾けてカウンターに跳ねる。

 駅でかぎ慣れた爽やかなレモンの香りがミナルーシュの鼻をくすぐる。

「あ、えと……レモネード?」

「二杯で【滴る月光】が二つだ。飲み干すまでなら話に付き合ってやる」

 鼻を鳴らすいかついおっさんはやっぱり顔が怖いけれど、ミナルーシュ達を追い出すつもりはないらしい。

 レモンスカッシュじゃなくてちゃんとレモネードって言ったお陰かなと、ぴっしりと制服を着こんだ駅員を頭に思い浮かべて、ミナルーシュはお礼の気持ちを捧げておいた。

「炭酸水、あたしもさっき泉まで汲みに行ったよ」

「ほぉ。うちもいつでも引き取るぞ。手間賃も出す」

『〔クエスト:炭酸の泉〕を受領しました。詳細はシステムメニューより確認出来ます』

 駅員から受けたのと同じ〔クエスト〕の通知が入る。これも手軽に誰でも受けられるタイプの〔クエスト〕として色んな受注口があるんだな、とミナルーシュは判断する。

 それと今のは雑談であって本題ではない。

「ところで、お前さんの横でいきなり楽器引き出したツレはなんなんだ?」

「ごめんなさい、習性なんです、気にしないでください」

 横で琵琶を弾き始めたルゥジゥについては、お前が受けた〔クエスト〕だろと言いたくもあるけれど、言うだけムダなのでミナルーシュは強い心で受け流す。

「ヴェルトヴィンって音楽家がどこに住んでるか探してるんだけど、知りません?」

「天才作曲家様がこんな場末の酒場に来るかよ。もっといい店に聞き込みしやがれ。ま、服装で入店拒否されるかもしれんがな」

 む、とミナルーシュは腕を持ち上げて今の格好を見る。初期装備の〔ローブ〕が歩月のデザインした服装を全部おおい隠しているけど、〔ローブ〕の仕立て自体はそんなに悪くないはずだ。

「そのいい感じのお店ってどこにあるか教えてくれる?」

「……ったく」

 おじさんは悪態をつきながらも、紙にお店の名前と住所を書いてミナルーシュに寄越してくれた。

「行く前に服屋にも相談しとけ」

「ごちゅーこくどーも」

 ミナルーシュは子供扱いされた腹いせを、レモンスカッシュを一気飲みして空いたコップをカウンターに叩き付けることで果たしておく。

「ルゥジゥも飲んで。行くよ」

「ん? 話はもう終わったのか?」

 ルゥジゥは横にいたのに琵琶ばっかり弾いていて話をちっとも聞いてなかったらしい。

 もういつものことすぎて、ミナルーシュはため息も出なかった。

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