誠意の意味を辞書で引いてこい

 クシャナに逃げられて地面に突っ伏していたミナルーシュがバッとルゥジゥに振り返った。

「どうしよう! クシャナが本気が怒ってる! あれ、晩ご飯の後まで絶対にログインしてこないやつだよ!」

「うん、まぁ、夜には機嫌直してくれるクシャナに感謝しろ?」

 正当な理由で怒ったとしても、怒ってしまったこと自体に引け目を感じて自分から謝ってくるのがクシャナのいつものパターンではある。その間はかたくなに口を聞いてくれない。

「よし、クシャナが戻ってきた時に少しでも機嫌よくなってもらうために、なんか用意しておこう」

「そういうとこだぞ」

 よりにもよって目の前のゲーマーバカが、ご機嫌取りのプレゼントなんて火に油を注ぐようなことを、しかも怒られた原因であるゲーム内で準備しようとしているのを見て、ルゥジゥはもう笑いも出てこない。

「なに言ってるのさ。あたしだってわかってるよ。誠意が大事ってことでしょ? ちゃんと謝るつもりあるんだから」

「うん、これはダメなやつだって分かってるけど、一応聞いてあげるよ」

 聞いてあげるといいながらルゥジゥの手は琵琶を弾く旋律に乗っていく。

 でもミナルーシュもルゥジゥはこういうやつだって知っているので、気にせずに自分の計画を語り出す。ぶっちゃけ、ルゥジゥに琵琶を弾かせるのを制止すれば親でも相手にされなくなるし、琵琶を弾きながらでも話を聞いてくれるのはかなり気を許している証だ。

「クシャナは自分が見えないとこで危ないことするのに怒ってた。つまりクシャナがログインしてない時に勝手なことできないようになればいいわけだね。そしてそれにちょうどいい〔ルーツ〕があるんだよ!」

「そこまで分かってるなら自制したらどうなんだい?」

「え、むり。あたしはゲームを前にしてガマンとかできない」

「そういうとこだぞ」

 ダメだこいつ、クシャナが怒ったかいがまるでないとルゥジゥは首を振った。夫婦ゲンカも大切なコミュニケーションになるんだろうと、不干渉を続けるのを改めて決意する。

「その〔ルーツ〕はね、〔奴隷Slave〕さ!」

「その聞くからにヤバそうな〔ルーツ〕はなに? また怒られるよ?」

 チッチッチッ、とミナルーシュがキメ顔で人差し指を振ってくるのが、この上なくイラッと来る。

「〔奴隷〕は、〔奴隷所有権〕って〔アイテム〕を持った相手が近くにいないと〔能力値〕が激減するんだよ。つまりクシャナにそれを持ってもらえば、あたしはクシャナに管理してもらえる! ほら、カンペキ!」

「純情なクシャナを変なプレイに付き合わせるんじゃない」

 このゲームの運営は頭がおかしいらしい。全年齢対象なのにそんなデータを用意しておく神経を疑う。

 それとルゥジゥは目の前の廃人ゲーマーが、クシャナへの言いわけのためだけにキャラクタービルドを変えるわけがないというのも見抜いている。

「で、その心は?」

「え? 普段めっちゃ弱いのにいざという時にいきなり強くなるのってカッコよくない?」

 ルゥジゥが少しうながしただけでミナルーシュはぽろっと自分の欲望を露呈する。

 その顔はクシャナへの誠意と言いながら自分の楽しみを乗せるのが悪いことだなんてこれっぽっちも思ってないのが見て取れる。むしろ一石二鳥でいいことだと信じて疑ってない。

 いくら無邪気な顔を見せられても、ルゥジゥはミナルーシュをほめる気にはちっともならなかった。

「てわけだから、【遊花ゆうか駅街えきがい】に行って〔クエスト〕やっていくよ」

 分りきってたことだけど、クシャナにガチギレされたのにミナルーシュはゲームを止めるつもりはまったくなかった。

「そういうとこだぞ」

「え、なにが?」

 何回言ってもまるで意味がないのは知っているけれども、それでもルゥジゥはそう言わずにはいられなかった。バカは死んでも治らないっていうことわざは、真実なんだなと実感しながらルゥジゥは腰を上げる。

 元から、ミナルーシュの教育とかいう不毛なタスクはクシャナに一任している。ルゥジゥにできるのはミナルーシュがまたなにかやらかしたら、それを後でクシャナに報告することくらいだ。

 ミナルーシュは意気揚々と〔神器〕の台座前にある〔ゲート〕に向かって足を踏み出す。さっき怒られたことをちゃんと覚えているのか疑わしくてしかたない。

 【遊花の駅街】に移動した二人は、ミナルーシュが前を歩いて〔クエスト〕を持っていそうなNPCを探す。

「で、さっき〔ルーツ〕取得にAPとSPが足りないとか言ってたけど、どれくらい必要なのさ?」

「ん? 10APと5SP」

 ミナルーシュは悪びれもせずに、APもSPもすっからかんだとのたまう。

 これにはルゥジゥをしてもミナルーシュの頭を撥で殴らずにはいられなかった。

「いった!? 角! バチのとがってる角が当たったよ!? ふつーに凶器!」

「いっそ一遍殺したらミナのバカさ加減も治らないかな。きっとクシャナも喜ぶ」

「ひどっ!? なに、犯行予告!? あたしはしばらく明るい道しか歩かないぞ!」

「どうせ夜は家から一歩も出ずにゲームばっかやってるだろうに」

「……ほんとだ! よかった、いつも通りで身の安全は確保できてる。さすがわたし!」

 ルゥジゥは撥で何回殴打したらこのバカの〔HP〕はゼロになるのかと考えて、どう考えてもかなりの回数が必要だから面倒くさくなって諦めた。

「また大通りで琵琶を弾いたら〔クエスト〕クリア出来るんじゃないかな」

 駅前に出たルゥジゥは人混みを眺めながら手っ取り早くすませたいと本音をだだ洩れにする。

「それだとあたしに入るポイント少なくなるでしょ。クシャナもいないんだし、今度はちゃんとこっちに付き合いなさいよ」

「……めんどくさ」

「本音、ちっとは隠せ」

「私はいつでも自分に正直に生きているのさ」

「知ってる」

 二人はおしゃべりしながら人混みを抜けていく。

 歩いていると琵琶が弾けないので、ルゥジゥのやる気が見るからに下がっている。

 早く〔クエスト〕見つけないとな、とミナルーシュは手でひさしを作って遠くまで辺りを見渡した。

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