三人組集合

 翌日の十時、歩月ほづきレトリック・プレイ・オンラインRPOのサービス開始であるその時間の五分前からログインして、ミナルーシュのアヴァターに入ってあそはなの前に待機していた。

「お、時間なったねー。レトリックランド行く?」

「もっちろん!」

 そうじゃなかったら、なんのために待っていたのか分からない。

「おけ。いってらー」

 遊び花は前に突き出した両手を振りミナルーシュを見送る。

 そして画面が切り替わったかのように、ミナルーシュの視界には真っ白ななにもない空間が広がっている。

 たぶん、ここが〔箱庭〕なんだろう。プレイヤーが好きに作れる空間は、プレイヤーが手を加える前はなんにもないんだ。

 周囲を見渡して本当になんにもないのをミナルーシュが確認していると、〔インベントリ〕にしまっておいた【鏡箱】が勝手に出てきた。

 そして【鏡箱】は誰に触っていないのに自らふたを開けて内側にきらつかせた光を地面に当てる。するとその地面から盛り上がって、それを台座にして【鏡箱】はちょこんと乗っかった。

「演出、終わった? もしかしなくてもこれが〔ホーム〕になるんかな」

 ミナルーシュは【鏡箱】に触れてみる。するとシステムメニューが開いて〔ログアウト〕などの機能が使えるのを確認した。

「よしよし。お、〔箱庭〕の作成機能も……あ、確認出来るけどまだオブジェクト作ったり環境変えたりは出来ないんか。〔ゲート〕を解放しろ、ねぇ」

 ミナルーシュは【鏡箱】で行える作業を確かめつつ、まだ実際に使えるわけではないのを知る。

 そんなことをしている内に、ミナルーシュと【鏡箱】の乗った台座を挟んで向かい側に光が集まってきた。

 それは一秒もしないで人の姿を象る。ただし、ミナルーシュが肩に羽織っている〔ローブ〕と違って真っ黒な外套で頭から足の先まですっぽりと覆われていて誰か全く分からない。

 見た目は完全に不審者なその相手をミナルーシュがじっと見つめると、彼人かのとはもじもじと手を口元に当てて顔を反らす。

「おーい、クシャナ、あたし相手に恥ずかしがってどうする」

「え、ミナルーシュ、なんでわたしのプレイヤーネーム知って……ミナルーシュ?」

 クシャナというプレイヤーネームでログインしてきた雪菜せつなは、ミナルーシュの本名を言おうとしてVRシステムで自動的にプレイヤーネームに変換させて声になったのに戸惑っている。

 そんなにきょろきょろと回りを探してもなにも見つからないのに、可愛いやつだとミナルーシュは微笑ましく見守った。

「あ、これもVRの自動変換なのか」

 そしてクシャナは前もって教えられていたVRの特徴なのだと思い至ってほっと安堵の息を吐き出した。

「そうそう。知らん人に実名がバレないように、知り合いの名前呼ぼうとしたらアプリに登録されたネームで出力されるの。逆に見た目違くても知り合いなら分かるのもおんなじ仕様ねー」

 ちゃんと自分で答えにたどり着いたクシャナにミナルーシュは模範解答を伝えた。

 クシャナは理解したと伝えるためにこくこくと頷いて、顔を隠した外套のフードを揺らす。

「てか、せっかく可愛く造ったアヴァターを全身隠すとはなにごとか。それ、なんて装備?」

「だって、まだ恥ずかしいし……〔魔女の外套〕っていうやつ」

 〔魔女の外套〕というからには、クシャナは〔魔女〕の〔ルーツ〕を選んだんだろうかとミナルーシュは予想する。その辺りの確認はもう一人が来たらまとめてやるつもりだけど。

 一人ずつやってたら二度手間だ。

「ま、いいや。ルゥジゥは遅刻せんだろなー。……あやつ、また発音しにくいネームにしおってからに」

「あはは。少なくともキャラメはちゃんと終わってるみたいだね?」

 沙羅さらの名前もネームに変換されたので、あの面倒くさがりがちゃんとキャラクターメイキングは終わらせていると二人は知った。

「何語だよ、これ」

「発音的にアジアっぽくない? 中国語かな? ルゥジゥ、中国語ちょっと喋れたよね」

「ああ、なる」

 そういや、沙羅は琵琶の起源を調べていた時に中国の資料も読んだとか言ってたのをミナルーシュも思い出した。自分の好きなことには常人を越える努力と有能さを見せるのだ、面倒くさがりを極めているくせに。

「わっ?! なに?」

 そんな感じで会話が一段落すると、クシャナが勝手に出てきた〔アイテム〕に驚いていた。ミナルーシュとは違う形の〔神器〕だ。抜き身の剣で刃に複雑な紋様が刻まれている。

 RPOには管理AIが三体実装されていてゲーマーの世界観的には三女神と呼ばれるが、どの女神が担当するかによってプレイヤーが与えられる〔神器〕が異なる。

 クシャナの【剣印けんいん】はミナルーシュの【鏡箱】が作った台座に突き刺さった。

「刺さっちゃった……これ、だいじょうぶなの?」

 クシャナはミナルーシュの顔を覗うがその表情は相変わらずフードに隠れて見えない。〔魔女の外套〕には正体を隠す機能も備わっているのかもしれないとミナルーシュは思った。

「これが〔ホーム〕になってて、〔ログアウト〕とかするのに使うんだよ。〔ファミリー〕は〔ホーム〕を共有するってこうなんのね」

「ふわー」

 クシャナは感心した様子で二つの〔神器〕が納まった台座を右から左から覗いている。

 そんな仕草がおかしくて、ミナルーシュは笑いを零した。

「え……なに?」

「いや? クシャナがリアルよりよく喋るなって思って」

「ん。そうね……こっちの方が話しやすいよ。声とか」

「そりゃよかった」

 クシャナが自然体で楽しんでいるなら、ミナルーシュも手をかけてアヴァターを造った甲斐もあるというものだ。

 そんな気持ちを感じ取ったのかクシャナは恥ずかしそうに顔をうつむける。

 どっちも声を出さない微妙な沈黙が出来る。

 タイミングを見計らったわけではないだろうけれど、最後の友人が〔ログイン〕してきたのはちょうどそんな場面だった。

 ルゥジゥはほとんど現実のまま、目の色だけ枇杷の実に似た黄色にしただけのアヴァターに琵琶と撥を持って現れた。

 そして挨拶よりも前にその場に座り込み、びぃん、と弦を弾く。

 その音に誘われたように、ルゥジゥの〔インベントリ〕から宝石で出来た鈴を房成りに連ねた神楽鈴が出て来て、クシャナの【剣印】と同じくミナルーシュの【鏡箱】が造った台座に乗っかる。

 それを見届けてから、ルゥジゥはやっとミナルーシュとクシャナに視線を向けた。

「や。待たせた?」

「ちょっとだけね。てか、髪の色すら変えないとかどんだけ手抜きだよ」

「目の色はいろいろ変わるようにしてもらったよ」

「へぇ、そんなことできるんだね」

「クシャナ、すごいけど感心するとこじゃないから」

 ルゥジゥは話しながらも琵琶を掻き鳴らしている。弦楽器なのに打楽器のようによく響く。

 生きている時間の全てを琵琶に費やしたいと宣い、そして実践しているルゥジゥだからいつも通りと言えばいつも通りの態度だ。

 このRPOを誘った時にも、ミナルーシュは琵琶を演奏して〔魔術〕を使える〔奏者Musician〕というのがあると伝えて説得したのだ。

 ルゥジゥは伏し目がちな視線をクシャナに送る。

「ふぅん。クシャナはそうなったんだ。いいね、リアルよりクシャナらしくって」

「あ、ありがと……」

 クシャナはまた恥ずかしそうに元から顔を隠しているフードを手で引き寄せてさらに深く被った。

「でも、その全身マント着てると顔見えないんだけどな。あれでしょ、ミナルーシュが本気出して美人になったんでしょ?」

「ちっちっちっ。クシャナは美人系じゃなくて可愛い系ですー」

 ルゥジゥは期待のこもった眼差しをクシャナに向けるのだけれども、期待されればされるほどクシャナは気後れしてしまっておずおずと後ろに下がって距離を取っていく。

 その様子を見て、ルゥジゥは残念そうに緩く琵琶の音を響かせた。

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