女の敵

 少年に案内されてミナルーシュにルゥジゥは墓にやって来た。西洋式の墓で地面に石のふたが露出していてその奥に名板が立っている。

「ありがと。ここまででいいよ」

 ミナルーシュはガマリエルの時のようにこの場で戦闘に入る可能性を考えて少年を返そうと考えた。

 しかし少年は首を振ってルゥジゥの服の裾をぎゅっと握って帰らないと意志表示する。

「かあちゃんにワルさしたやつがいるんだったら、おれがぶんなぐってやる」

「うーん……」

 やる気にあふれた少年にミナルーシュは困ってしまい、ルゥジゥに助けを求めて視線を送るが肩をすくめられただけだった。

 相変わらず頼りがいがない。

「もう。わかった、でもルゥジゥのそばからぜったいに離れないこと。あと殴んのもあたしにまかせな。約束できないなら連れていかない」

「む……わかった。やくそくする」

「ん、いい子」

 ミナルーシュは少年の頭を雑になでて髪を乱した後にルゥジゥに押し付ける。

 少年は不満そうに口をとがらせているが、ミナルーシュはちっとも怖くないから笑ってしまった。

〈純白の乙女の盾よ、常に寄り添い迫り来る暴虐を退けよ〉

 ミナルーシュは浮遊する盾を自分に三枚、ルゥジゥに四枚展開する。これで奇襲対策はばっちりだ。

「この盾、少年には付けないのか」

「ざんねんながら、乙女限定で男の子はかわいくても対象外なんよね」

「かわいくない!」

 少年をからかったミナルーシュはけらけらと笑って文句を受け流した。

「ま、ルゥジゥから離れなきゃ一緒に守られるっしょ。ほら、お父さんのお墓はどっち?」

 少年はほほをふくらませながらも、言われるままに行き先を指差した。

 ミナルーシュはすっと表情を引き締めて歩き出す。

 その後を十分に距離を置いてルゥジゥが少年の手を引いてついて行く。

 ミナルーシュが一人で少年の父親の墓を調べる。しかしなにも反応はない。他の墓と比べても特に違いは見つからない。

「ま、この手の〔クエスト〕は途中で拾った〔アイテム〕がギミックになってるのがセオリーよね」

 ミナルーシュは少年の母親から借りてきた十字架を取り出した。

 十字架が音叉のように震えて、またかすかな光を灯す。

「んん? 俺のハニーじゃないな? 誰だ?」

 先に声だけがその場に響いた。軽薄な声にミナルーシュは眉をしかめる。

 そして少年の父親の墓の上に光が降りて来て、それが天使をかたどった。

 敵確定の見た目に、ミナルーシュはすぐに〔魔術〕を発動できるように身構えて、ルゥジゥはその場に胡坐をかいて琵琶を鳴らし始める。

 うっすらとだが光の天使はイケメンの顔立ちが見える。

「なんだ、もうちょっとでハニーを花嫁に向けられるというのに……別のオンナに求婚されるだなんて、オレはいつでも罪作りだな。しかし来訪者のアヴァターは連れていけても、魂は連れていけないんだ、済まないね。いやでも、どちらも美しいのには変わらないしアヴァターだけでも愛を育むべきか、これは」

〈この手の歪みは全てを切り裂く〉

 天使のセリフがあまりに気持ち悪かったから、ミナルーシュは問答無用で切りつけにいった。

 その一撃を光の天使はかざした手のひらに結界を作り出して防ぐ。

「おいおい、照れるなよ。ツンデレか? 最新の恋愛表現だな」

「こいつはここで殺す。キモすぎるからクシャナに会わせらんない」

 にらみを利かせるミナルーシュの背中をルゥジゥは眺めながら、ツンデレはもう割と古いと天使にツッコむべきか、ミナルーシュと天使どっちがクシャナにとって悪い影響だろうかとツッコむべきか悩んで、面倒くさくなって黙って琵琶を弾いていた。

 そこでルゥジゥの〔魔術〕が発動したエフェクトがミナルーシュを包んだ。

 それを合図にしてミナルーシュが地面を蹴る。

 対して光の天使はするりと空に舞い上がってミナルーシュの刃が届かない距離へと逃れて、逆に光の刃を降り注ぐ。

 ミナルーシュに襲いかかる光はルゥジゥのバフを受けた三枚の盾が防ぎ切った。

 ミナルーシュが腕を振るって猟犬の刃を四本放つ。

 天使は左右に体を揺らして迫ってくる刃から逃げようとするが猟犬の追跡はそう簡単にまけるものではない。

 猟犬は一本が天使の真下から突進した。

 天使はそれをひらりと避けるが体勢が崩れる。その隙を逃さず残りの三本がそれぞれ別方向から天使に追い縋った。

 天使はとっさに三枚の結界を張るけども、貫通性の高い〔刺属性〕の刃は光のバリアを食い破って天使本体にまで牙を突き立てる。

「過激な愛だねぇ」

 ダメージを受けても天使はまだまだ余裕でミナルーシュを口説こうとする。

「キモいって言ってんでしょ!」

 ミナルーシュは吠えながら歪みの刃を投げつける。

 天使は余裕の表情で正面からその刃を結界で受け止めた。

 しかしそれで天使の動きは止まる。

 ミナルーシュは〔インベントリ〕から一つの武器を取り出した。それは鋼の刃に細かな模様を刻んだナイフだ。

 〔マジックナイフ〕という武器であり、装備者の〔破壊〕を3点上昇させる効果を持っている。

 ミナルーシュは憎しみをこめてそれを握りしめて槍投げのように構える。

〈この手の歪みを槍と放ち全てを捩じり穿つ〉

 ギュルルル、とミナルーシュの構えた刃の先で空間が捻じれて回転を始めた。

 ミナルーシュが新しく用意した取って置きの歪みの槍が天使へと真っ直ぐに放たれて、その〔刺〕〔魔〕の二重属性の一撃が刃を抑えていた光の結界をねじ伏せて、天使の腹を貫通して翼まで破壊する。

 翼にはきちんと飛行能力が備わっていたらしく、羽を散らした天使は無様に地面へと落下した。

 そんな絶好のタイミングを見逃すミナルーシュではない。

〈アクセル〉

 ミナルーシュは〔魔術〕で加速して一息に光の天使に追いすがる。

〈この手の歪みは全てを切り裂く〉

 ミナルーシュは〔マジックナイフ〕の刃に重ねて歪みの刃を生み出し、身をひねって地面に転がる天使の胴体を上下に真っ二つに切断した。

『〔グリゴリ〕を倒しました。

 ミナルーシュが【馥郁ふくいくな花】を15個取得しました。

 ミナルーシュが【永久の雪】を15個取得しました。

 ミナルーシュが【滴る月光】を15個取得しました。

 ルゥジゥが【馥郁な花】を8個取得しました。

 ルゥジゥが【永久の雪】を8個取得しました。

 ルゥジゥが【滴る月光】を8個取得しました。

 ルゥジゥの〔奏者〕が7レベルに上昇しました』

 クシャナと一緒に相手した石の天使の方が強かったな、とミナルーシュは少し気持ちを緩める。RPOみたいに敵が確実に倒れたのを教えてくれるゲームは意識のオンオフがしやすいのでありがたい。

「気が強い女っていうのもいいねぇ……力で組み敷いて泣かせたくなる」

「待てや。システムメッセージが倒したって言ってんじゃん」

 それなのに討伐報告が入ったクズ天使の声が話しかけてきて、ミナルーシュはちょっとキレそうになった。

「はっはっはっ。君達と同じさ。天使は現身うつしみを壊されたって、また役目を果たすために仮初の現体を与えられる。何度でも生まれ変わり何度でも逢いに来るだなんて、運命だとは思わないかい?」

「んな都合のいい運命なんぞあってたまるか。つか、来んな」

 ミナルーシュは心底嫌そうに拒絶する。こんなのに付きまとわれているとか知られたら、真面目にクシャナからゲーム禁止されてしまう。

「照れるなよ。オレは目印を見付けていつでも会いに行ってあげるから」

「目印? ……もしかしてこれ?」

 目印と聞いてピンときたミナルーシュは十字架を取り出した。

「そうそう、それこそオレと愛する女を繫ぐ愛の証さ!」

 そして〔グリゴリ〕は自身にあふれた声でミナルーシュの推測が正しいと言ってくれた。

 いいことを聞いたとミナルーシュはにこりと笑う。

「お、やっとオレの愛を素直に――」

 天使が続ける歯の浮くような気持ち悪いセリフなんて聞き耳持たずに、ミナルーシュは十字架を空に放り投げた。

〈この手の歪みは全てを切り裂く〉

 ミナルーシュは重力に引かれて落ちてきた十字架を、〔詠唱〕と〔スペルセット〕で同時に発生させた歪みの刃を交差させてこの世から抹消する。

「な、ななななななぁ!? なんてことするんだ、それがないとオレは現世に顕現できないんだぞ! ……え、目印なくなったから帰ってこい? え、ちょ、シェムハザ様、今いい女見つけたとこなんで……ルールだから? オレたち堕天使じゃないですかー!」

 なんか情けない絶叫を最後にぷつんと〔グリゴリ〕の声が途切れた。

 ミナルーシュは大仕事を終えてふぅと額の汗を腕で拭う。

「悪は滅びた」

「お疲れ」

 今回はミナルーシュもいい仕事をしたと言えなくもないので、ルゥジゥも形ばかりは労っておいた。

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