廃人ゲーマー

 〔ガマリエル〕を討伐した後、建物に倒れていた人達を介抱してそれぞれ探していた人達のところへ届けると、一つずつ〔クエスト〕が達成されていった。

 ミナルーシュとクシャナは後始末のために街の中を歩き回っている間も、駅の前で〔演奏〕を続けていたルゥジゥを迎えに来た。

「つかれたよ……」

「おつかれー」

「のんきに言っちゃってくれて、ほんとにもう」

 ミナルーシュはルゥジゥにあきれるだけの体力があったが、クシャナは完全にグロッキーだった。

 そんなクシャナはフードの陰からミナルーシュの顔を覗く。

「もうお昼だし、お腹も空いたし、休憩にしない?」

「ん? あ、ほんとだ、もうすぐ十二時か」

 ミナルーシュは手慣れた様子で声も出さずに思考操作だけでシステムメニューを操り、時間を確認する。

「じゃ、十三時から再開でいい?」

「むりむりむりむりむり」

「おい、ゲーム廃人。初心者のメンタル折らないように」

 ミナルーシュは二人に揃って拒否られて目を丸くする。

 ご飯食べるだけで十五分で戻って来いとか言ってないのに、なんでそんなにクシャナが全力でイヤがるのかちっとも分かっていない。

 でもクシャナがイヤだと言うならそれを押し付けるつもりもない。クシャナがいない間は一人でレベル上げでもしていればいいのだし。

「えっと……じゃ、どうする?」

「十五時」

「遅くない!?」

 なんで三時間もログアウトしたままだなんて、ミナルーシュには信じられなかった。

 せっかく初日にスタートダッシュをしているのに、そんなに間を空けたら後続に追い付かれてしまう。

「十五時からだよ。ゲームばっかりなんて健康にわるい」

 腰に右手を当てて、左手の人差し指をミナルーシュの鼻先に突きつけるクシャナからは、これ以上はゆずらないという強い意志が見える。

 ミナルーシュは視線をルゥジゥに逃がすけれど、ルゥジゥからもお前が悪いとやんわりと首を横に振られてしまう。

 ま、あたしはちゃっちゃとご飯すませて再ログインすればいいかと、渋々うなずいて見せた。

「ミナルーシュも十五時まではログインしちゃダメだからね。どうせまだ宿題やってないんでしょ」

 しかしそんなミナルーシュの考えなんてクシャナはお見通しだった。

 ミナルーシュは目を泳がせながら、だまっていればバレないバレない、と高をくくっている。

「ま、とにかくご飯食べにいこ! ログアウトには〔箱庭〕戻らないといけないから、〔ゲート〕出さないとね。ほら、やり方教えてあげる!」

 ミナルーシュは早くクシャナがログアウトしてくれれば文句を言われなくてすむと、勢いに任せてクシャナに手取り足取りシステムメニューの操作方法を教えて〔ゲート〕を開かせた。

 クシャナはミナルーシュの言うままにログアウトする。

「いい、宿題、やるんだよ」

「はいはい」

「はいは一回」

「ふぇーい」

 クシャナは不真面目なミナルーシュの頭をぴしゃりと引っぱたいてから自分の【剣印】を操作してログアウトしていった。

「クシャナ、悪い男の言いなりになって詐欺にでも遭いそうだね」

「だいじょうぶ、あたしがずっといっしょにいるから」

「今まさに口車に乗せたの誰だっけ?」

 ルゥジゥの白い目なんてどこ吹く風と、ミナルーシュはクシャナのお叱りから解放された清々しさで背伸びをする。

「よーし、三時間なにしよっかな!」

「ほどほどにしとかないとお嫁さんに愛想つかされるよ」

「気をつけまーす」

 ルゥジゥは、ミナルーシュが絶対に気をつけないのを見抜きながらもこれ以上言ってあげる義務もないから、とっととログアウトしていった。

 晴れて自由の身になったミナルーシュは、取りあえずクシャナが教えてくれたコンボを試してみた。

 そしてそれはミナルーシュの思った通りに上手くいった。

「やりぃ。早速試してみよっと」

 ミナルーシュは〔ゲート〕をくぐって【遊花ゆうか駅街えきがい】へと舞い戻る。そして駅員から聞いた地点、郊外へと向かっていった。

 駅街の縁は生垣で囲まれていた。街の中は石とレンガが敷かれているけれど、きっちりと境界で分けられた外は草原が広がっている。

 街の出口となる生垣の途切れ目からは真っ直ぐに石敷きで整備された道が続いていた。

 ミナルーシュはその外の道を駆け抜けていく。

 道から外れた草原の方では別のプレイヤーたちが、大福みたいな見た目のウサギや子どもが遊ぶような木馬を相手に戦っているのが見える。

 この整備された道はノンエンカウントになっているようで、ミナルーシュの疾走はだれにも阻まれない。

 ミナルーシュは〔マップ〕が区切られてそれ以上広がらない端にまでたどり着き、そこに〔ゲート〕にも似た景色の揺らぎを発見する。

 そこは【毀月きげつの要塞都市】に続くと言われた方の、〔エリアボス〕が出現する地点だった。

「さて、今の段階で倒せるかな、倒せないかなー」

 駅員にはとても相手にならないと注意されている。つまり運営は【香雪こうせつ社都しゃと】までの道のりを越えてレベルを上げたプレイヤーでないと勝てない強さに設定しているわけだ。

 そんな強敵だなんて、ミナルーシュは燃えるしかない。なんて言ったって、彼女は廃人ゲーマーなんだもの。

 ミナルーシュはほくそ笑みながら、歪んでいる景色の境界へと手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る