祟られた写真部事件 問題編⑩
そうして歩き通して、気づけば目的地へと辿り着いていた。
住宅街と畑の境目のような道路に接続する、長い急坂の中腹にその神社はあった。
坂道からせり上がる石垣が土台となり、その石垣を削って作ったほんの五段ほどしかない階段の上に、色のない灰色の鳥居が立っている。足を踏み入れずともわかるほどに荒れ放題の様子で、青々とした草が地面を覆い隠すほどに繁茂していた。
「ここだね。さあ、入ってみよう」
空先輩は度々足に触れる草に構いもせず、石段を登って鳥居の前へと歩を進める。しかし鳥居の先を見通して、流石に顔をしかめた。
「これは……さて困ったね。参道の中央は神様の通り道なのだけれど。どうやって通ろうか」
「いや、これは……」
僕もあまりの光景に顔をしかめた。
こんな荒れ放題の神社を訪れる物好きがいるのか、辛うじて草のない道のような場所があるが、それも獣道かと見紛うほどに細い道で、満足に通行することもできない。これを参道と呼ぶのならば、中央を避けて歩くなど不可能だ。
「仕方ない、一気に走り抜けてしまおう」
「えっ、いいんですか?」
「申し訳ないという気持ちは忘れずについてくるように。それじゃあ……神様、いらっしゃるなら少し失礼させていただきます」
先輩は独り言のように呟くと、地面を蹴り疾走を開始した。僕も慌ててそれに追従する。
獣道のような土を踏んで、あるいは道を塞ぐ草を避けるために脇の草を踏んでしまいながら、一歩二歩と駆け抜ける。やがて周囲の草の高さが少し低くなり、ここなら草を踏んで歩き回れそうだという辺りまで来たところで、先輩が勢いを緩める。それに合わせて僕も足を止めた。
どうやら既に神社の最奥部のようだったが、そこはなんとも不思議な雰囲気の場所だった。
周囲は高い杉の木に囲まれ、それが結界のようにして内部と外部を隔てている。天も杉の葉に塞がれているようで、木漏れ日が差し込んでいるものの、十分に日陰と呼んでいいくらいの影が広がっている。
チラチラと木漏れ日を受けながら、参道の左右に存在する一対の狐の石像が、じっとこちらを見つめていた。参道の突き当りには木製の祠が座し、紙垂が風で静かに揺られている。
ふと来た道を振り返ると、既に鳥居は遥か遠くに感じられる。鳥居の更に奥にはごく一般的な民家が見えるが、鳥居を挟んでいては、その生活感も遠い世界のもののようだった。
神域。そんな言葉が脳裏をよぎる。寂れた神社なのに、あるいは寂れた神社だからこそ、ここには人に忘れ去られた神が宿っているように思えた。まるで魔法の世界に足を踏み入れてしまったようだと圧倒される。
それくらい、この場所には強く神の存在を思わせる何かが潜んでいた。
「いい場所だね、キュラ君」
「そうですね。本当に」
掛け値なしにそう思う。最低の炎天下の中を通ってきたわけだが、その苦労も報われるようだった。
先輩は狐の像に近寄り、きっと見慣れているだろうに、興味深そうにそれを観察している。僕から見れば、よくできた狐の像だとしか思えない。
「そういえばキュラ君、こんな豆知識は知っているかい?」
「なんですか?」
その前振りを実際にする人間はたいてい、知識をひけらかしたがる面倒な手合いだということなら知っているが。
「この狐を指してお稲荷様と呼ぶ人も多いけれど、お稲荷様というのは狐のことではないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
知らなかった。お稲荷様といえば狐だと思っていた。
「お稲荷様というのは神様のことだよ。この狐は、そのお稲荷様の眷属。ただの御使いだ。狐に固有名がついていたりもしない。まあそれでも、神の眷属なのだから敬うべきだとは思うけれど、狐をお稲荷様と呼ぶのは明確な間違いなんだ」
「へぇ……」
知らず知らずのうちに神様に不敬を働くところだった。危ない危ない。
……いつから僕はそんな信心深くなったんだ? これも神域にいるせいだろうか。
「それで先輩、何かおかしなところはありましたか?」
「いや、こっちにはないね」
空先輩は首を振りながら、今度は祠の前へとやってきた。
祠はかなり一般的な形状で、これといって見るべき点はない。強いて言うなら、祠の前にお供えされた紙パックのアップルジュースが目を引くくらいだ。獣道を開拓した物好きさんの仕業だろうか。
「少し、失礼します」
罰当たりにも空先輩はそのお供え物を持ち上げて、何やら食品表示を確認している。何が書いているかは知らないが、何の変哲もないアップルジュースということがわかる程度だろう。
「ふむ。あとはこれをどうやって確かめるか……」
空先輩がジュースを元の場所に戻しながら呟く。確かめるとは、何をだろうか。
気になって尋ねようとしたところ、ガサッという草の掻き分けられる音が背後から響き、僕らは咄嗟に背後を振り返った。
「おお。若い人とは珍しい」
そこには、あの獣道に近しい参道を通って来たらしい男性がいた。外見から察するに、おそらく老人と言って差し支えない年齢だ。
しかし老人といっても杖を突いたヨボヨボのお爺さんというわけではなく、まだまだ現役だとでも言いそうな活力が垣間見える。動作にも老人的なぎこちなさは見受けられない。
彼の手にはバケツと手ぬぐい、それから紙パックのアップルジュースが一本あった。見覚えがあるパッケージに、ついお供え物のジュースの方を見てしまう。どうやら、全く同じ品のようだった。
「こんにちは。あの、ここの管理人さんでしょうか?」
よそ行きの表情を取り繕って、空先輩が尋ねる。老人はそれに首を振った。
「ああいやいや、全然。俺はそんなんじゃなくてね。まあ、この場所が好きでよく手入れをしている物好きだよ」
笑いながら、老人はバケツを軽く持ち上げてみせた。
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