祟られた写真部事件 問題編⑫

 空が茜色に染まっている。この時間にもなれば流石に暑さや日差しも多少は和らぎ、僕としては大変にありがたかった。回復した僕も掃除に参加したので、疲労感もひとしおだった。

 空先輩と共に家路を歩く。僕の五本の指はアップルジュースの紙パックを間に挟み、腕の振りに合わせて振り子のように揺れていた。

 掃除を手伝ってくれたお礼だと老人からもらったのだが、お菓子の類には目がない先輩のくせに、「それはキュラ君にあげるよ」と押し付けてきた。……もしかして僕の体調を気遣ってくれていたりするのだろうか。いやまさか、あの空先輩のことだ。ただの気まぐれだろう。


「それで結局、何かわかったんですか?」


 最終的には僕らも掃除に来たみたいになっていて、調査なんて全然やっていなかった。

 僕が得た収穫といえばせいぜい、空先輩からもらった豆知識とアップルジュースくらいだ。わざわざ僕が炎天下を歩いてここまで来た意味とは、と考えざるを得ない。

 しかし空先輩は得意げに、「ふっふっふ」と笑った。


「キュラ君、何を言ってるんだい? ミステリー小説なら、もう次のページから解決編が始まるところじゃないか」

「えっ?」

「証拠はだいたい出揃ったよ。少なくとも、一つの推論を作り上げられるくらいにはね」

「ええっ?」


 全く予想外の言葉に打ちのめされる。まだせいぜい問題編の半ばだと思っていた。


「じゃあ、今日中に解決するんですか?」

「いや、明日にしておこう。これから学校に戻っても、おそらく目当ての人物は帰ってしまっているだろうからね」


 目当ての人物、と空先輩はわざとらしく名指しを避ける。


「明日は放課後になったら、すぐに合流しよう。その後で、その目当ての人物のところまで行くよ。一応は再発防止という建前を果たすなら、その方がいい。そこで解決編をしようじゃないか」


 期限は明日の放課後まで。時間はたっぷりあるようで、あまりないようにも思える。


「謎解きがしたいなら、それまでに考えること。綾瀬さんがまた倒れでもしたらいけないから、待てはしないよ」

「…………」


 わかった、とは言えなかった。

 証拠らしい証拠など、僕には何も見つかっていない。

 おそらく、綾瀬さんの眩暈が精神的なものであるというのは本当だ。本人の自己申告によるとほぼ毎日ジョギングをしているようだし、体は相当頑丈な方だろう。そしてそれだけ健康に気を遣っている人間が、再発防止策を誤った方向に向かわせるような嘘を吐くとは思えない。


 となると解くべき謎は、綾瀬さんが抱え込んだ精神的な問題とは何か、ということだ。その問題は写真部のおまじないと関連、あるいは類似し想起されるようなもののはず。でなければ、おまじないへの参加を嫌がるようになり、挙句倒れたことに説明がつかない。

 先輩曰く、これまでの調査でその内容は既に推理できているらしい。綾瀬さんの個人的な事情など、何一つ聞いていないにもかかわらず、だ。

 おそらく、さりげない会話や風景の中に紛れてしまった証拠が山のようにある。しかしそれら全てを回想だけで掘り起こせるほど僕の頭脳は優秀ではなく、ここで引き下がってしまっては謎解きのスタートラインにも立てないだろうと思った。


「せめて、何かヒントでももらえませんか?」

「ヒント? そうだね、それじゃあ……」


 空先輩は少しだけ思い悩む素振りを見せた後に、こんなことを言い放った。


「私の推測だから、間違っている可能性もあるけれど。おそらく綾瀬さんのジョギングコースは、ここ最近で一度変更されているよ」

「えっ、ジョギングコース?」


 全くもって予想だにしない単語の出現に、僕は唖然として立ち止まった。


「私があげられるヒントはこのくらいだよ。まあ、頑張ってくれたまえ」


 それじゃあ今日はこれで、と空先輩は手を振り、そのまま夕焼けの町へと溶けていった。呆けていた僕には先輩が一瞬で移動したように思えて、魔法使いの実在を疑わずにはいられない。

 魔法使い。魔法の事件。心霊写真。この事件の核に潜むのは、いったい何なのだろうか。

 この世のものでは説明がつかないと思いながら、僕もまた帰路に就くのだった。

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