極彩色の世界事件 問題編③
「たぶん、何か私は大事なことを忘れているんだ。この魔法を解くために欠かせない手がかりを。謎を解くためには、まずそれを見つけなくてはならないんだろうね」
「でもこれ、調べるにしても、どうやって調べるつもりですか? 魔法使いさんに話を聞ければ一発だと思いますけど、十年以上前に一度会っただけの人なんて、見つかりっこないですよ」
「まあそうだね。それこそ、魔法でも使わない限りはね」
空先輩の苦笑は、それは不可能であると端的に語っていた。
「だからまあ、実際に当時歩いたところに行って、私が何かを思い出すのに期待しようと思う。それくらいしか方法はないからね」
「両親に話を聞くっていうのは?」
「前に軽く聞いた限りでは、迷子になったのは事実らしいというくらいだね。当然ながら、魔法なんて見ていないと言っていたよ」
「なるほど」
まあそれもそうか。空先輩が魔法使いさんと会ったのは迷子になっている間で、両親と合流してからは魔法使いさんの姿はなかったらしいし。
別れ際の記憶がないというのは若干気になるが。
「それ以上のことは、両親から聞いていない。というより、聞かないようにしているんだ。魔法を解くなら、自分の手で成し遂げなければ意味がないからね。――とまあ、私の話はこんなところだよ。悪いね、長話に付き合わせて」
「いえ、気になってたのでそれはいいんですけど」
「そうかい。キュラ君も変なことを気にするものだね」
空先輩が微笑を見せる。
普段から魔法使いを名乗り、魔法使いの格好をする奇人の過去が気になるのは当然なのでは。
――というツッコミはまあ、微笑に免じて封印しておいた。
「幸いなことに、明々後日からは夏休みだ。時間はたっぷりあるし、その間に決着をつけるとしよう」
「随分長い期間設定ですね……」
「私もできれば短期決着を望みたいけれどね。あんまり長くかかりすぎて、決心が鈍ると困る」
「夏休みの宿題、早めにやろうと決心しても、そのうち忘れて後回しになりますもんね」
「だね」
空先輩と下らない冗談で笑い合う。そんな時間も、夏休みに入れば減ることだろう。
「それじゃあ、夏休みが始まってすぐにでも、電車で一人旅と洒落込もうかな」
「ああ、はい」
頷いて、うん? と小さく首を傾げる。なぜに一人旅。
……ああもしかしなくても、僕を同行させる気はないのか。
まあ確かに僕は基本的に何もできないお荷物だし、先輩だって自分の過去に他人が踏み入るのを歓迎はしないだろうし、高校生にもなってただの先輩後輩の男女が出かけるなんて普通はあり得ない。
あり得ないのだが。
「先輩、それ、僕もついてっちゃダメですか?」
「え?」
先輩にしては珍しく、僕の提案に虚を突かれたように固まった。
「いや、なんというか、ここまで話されて知らん顔もできないというか、単純に気になるので」
僕は慌てて言い繕う。いやなぜ慌てているんだ。特に後ろめたいこともないのに。
真相が気になるというのは紛れもない本心だ。そこに嘘偽りはない。
「まあ、私は構わないけれど……」
空先輩は微妙な顔で言葉を濁す。
言葉とは違い、本心では僕を拒んでいるのだろうか。
そう思っていたけれど、次に先輩が発した言葉は予想外のものだった。
「キュラ君こそいいのかい?」
「なにがですか?」
「いや、この季節だから。キュラ君、炎天下は大の苦手だろう? ついてくるなら、太陽の下を一日中歩き回ることになると思うけれど」
「あっ」
そこまで考えていなかった。
「無理に連れ回すのも悪いだろう?」
空先輩は気遣わしげに言う。なるほど、僕がハブられたのは単純に、僕の方に原因があったのか……。
真夏の炎天下。はっきり言って僕からすれば地獄だ。プールだの海だのに行く連中が信じられない。水でどうにかできるような暑さではないだろう、あれは。そもそも水に辿り着くまではどうするんだ。水から出た後は? 家に帰るまでどうするつもりなんだ。
いやプールのことは今関係ないが、ともかく僕は炎天下、とりわけ真夏はダメだ。できればクーラーがガンガンに効いた部屋で一日中引き籠もっていたい。
それが紛れもない本心で、毎年僕はそうしてきた。必要な外出だけは恨み言を述べながらこなしてきたが、それで慣れるようなこともない。
そんな僕が、ただ好奇心を満たすために真夏の炎天下を歩く? 冗談じゃない。稲荷神社に行ったときのあれは、近場だったから不満を呑み込んだだけだ。登下校程度の道のりならギリギリなんとかなる。
しかし町内をうろつくことと、電車で遠出することは全くの別だ。ただの好奇心で一日中歩き通すなんて真っ平御免。
だから……僕の言うべきことは決まっている。
「まあ、仕方ないです。炎天下くらいどうにかします」
僕の返答に、空先輩は目を丸くした。
ただ好奇心のために炎天下を歩くなんて冗談じゃない。
だけど、まあ、必要な外出なら仕方ないだろう。不可抗力とは読んで字のごとく、抗うことができない力のことを言うのだから。
「キュラ君がいいなら、私は止めるつもりはないけれど……」
本当についてくるとは思っていなかったようで、空先輩は苦笑していた。
ただどことなく嬉しそうに見えたのは、僕の気のせいだろうか。
きっとそうに違いない。空先輩が、僕がついてくるからと喜ぶはずがないのだから。
「言っておくけれど、曇りの日を待ったりはできないよ。これ以上決心が鈍ると私も困る」
「はい、それでいいです」
「そうか。――なら、よろしく頼むよ」
「はいっ」
ふっと表情を緩めた空先輩と視線を交わす。
なんだか空先輩に信用してもらえたように思えて、ほんの少しだけ嬉しく思った。
そんなこんなで、僕は空先輩と共に、空先輩が秘めた過去の謎に挑むこととなった。
――後から思えば、この謎は部室ですぐさま解かれていた可能性だってあった。十全とは言えないが、真実へ向かうための知識も揃い、謎の脆弱性も露呈していたのだから。
それでも僕らは、いや少なくとも僕は、この場で解けなかったことを後悔はしない。
この場で謎が解けてしまったなら、あの一日の、あの一夜の出来事も存在しなかったと知っているから。
僕がそう思うくらい、あの日僕らを包んだ極彩色の魔法は鮮烈で、特別だった。
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