祟られた写真部事件 解答編②

「――さて、話は変わるがキュラ君」

「え、あっはい。なんですか?」


 唐突に話を振られ、たじろいでしまった。


「狐のイメージと結びついたこの世ならざるものと言われて、何が思いつくかな」

「えっと……妖狐とか、九尾とかですか?」

「九尾は妖狐の一種だよ。まあ質問の答えとして間違ってはいないけれど。他には?」

「狐火とか?」

「それは狐本体ではないけれど。まあイメージと結びついた怪異ではあるね。あとは?」

「…………」


 先輩は和洋を問わずファンタジックな世界にとても詳しいが、僕はそうじゃない。これ以上を絞り出せと言われても厳しいものがある。

 そんな僕の表情を読み取って、空先輩はわざとらしい呆れ顔を作った。


「おやおやキュラ君、昨日のことも思い出せなくなってしまったのかい? 痴呆になるにはまだ早いよ」

「え? ああ、稲荷神社の狐ですか」

「そうだよ。あれも神聖なもの、つまりはこの世ならざるものと言っていいだろう」


 それが聞きたかったとばかりに頷くと、先輩は僕から視線を外し、再び綾瀬さんに向き直る。


「とまあ、一般的な狐の怪異というのはこれくらいだ。そのうち、君が呪われたと考え、防衛を行いたがるものは――稲荷神社の狐じゃないかな。他はそもそも、接触機会なんて普通はないからね。その点、神社に行けば会える稲荷神社の狐は接触も容易だ。たしか君のジョギングコースの近くにも、そういう神社があるんだろう?」

「…………」


 綾瀬さんは喋らない。しかし露見したくない事実があるかのように目を逸らしているのが、僕からでもはっきりとわかった。


「この場合、狐は神聖なものだから、呪いではなく祟りと呼ぶべきかもしれないね。君はあの狐の祟りを恐れて、狐を閉じ込め封じるという方法を実行に移したんだ。しかしそうなると、狐を開放しようとしたのはなぜなのか。――効果がないと、悟ってしまったからではないかな」


 効果がないと悟った。それは、祟りなど存在しないと正気に戻ったということか?

 そうであるなら、綾瀬さんが倒れた事実と矛盾する。未だ祟りを恐れていたからこそ、綾瀬さんは不安を肥大化させ、眩暈を起こして倒れたはずだ。


「ああもちろん、祟りの存在そのものを信じなくなったわけではないだろう」


 言葉にも出していない僕の疑念を、空先輩はあっさりと一蹴する。真相を語る探偵役としての素晴らしいお手並みは、むしろ気味が悪いくらいだった。


「ところでキュラ君、私が昨日教えた豆知識を覚えているかな」

「はい、まあ。お稲荷様と稲荷神社の狐は別物って話ですよね?」

「そう。でもね、昨日のキュラ君がそうだったように、大半の人はそれを勘違いしているんだ。お稲荷様といえば、稲荷神社の狐のことだと思っている。――おそらく、先週までの綾瀬さんもそうだったんじゃないかな」


 先輩がそう言うと、先回りして一つの真実が見えてきた。そうか、だから綾瀬さんは狐を開放しようとしたのか、と納得する。


「綾瀬さんは祟ってくるのがあの狐だと思ったから、狐を檻に閉じ込めた。ところがその後、おそらくは休日の間に、綾瀬さんはお稲荷様と御使いの狐は別のものだと知ってしまう。つまり、誤った相手を封じ込めていたと気づいたんだね」

「じゃあ、綾瀬さんが恐れていたのは……」


 その先が読めたことで、僕も口を挟む。空先輩はそれに頷いた。


「お狐様の方じゃなく、お稲荷様の方だったというわけだ。ではなぜ綾瀬さんは、お稲荷様に祟られたと思ったのか。神様から個人への祟りといえば、まあ普通は天罰のことだろう。ではキュラ君、昨日の神社を掃除したとき、罰当たりな落書きなどは見かけたかい?」

「いえ、見なかったと思いますけど」

「それじゃあ、他にあの神社で取れる罰当たりな行動とは何だろうね」


 ……覚えがある。確かにそのようなことについて考えたはずだ。

 あれは、老人との会話の最中に――。


「そうだ、お供え物を持ち去ること……」

「ああ。あの神社には、毎週月曜日にアップルジュースをお供えするご老人がいた。その人が言っていただろう? 先週はアップルジュースがなくなっていたと」

「あっ!」


 そうだ。確かに聞いた。老人が「神様が飲んだ」などと言うからすっかり誤魔化されていたが、それを全く無関係の誰かがやったのなら、まさしく罰当たりと呼ぶにふさわしい行為だ。


「これは想像だけれど、あの神社は綾瀬さんのジョギングコースだったそうだね。その途中で立ち寄って、喉が渇いていたからついついお供え物に手を伸ばしてしまった――とかじゃないのかな」

「……っ!」


 綾瀬さんはあからさまな狼狽を見せた。たぶん、これを隠したがったのだなと今更のように思う。たかがアップルジュース一本だし、お供え――要するに置き去りにされていたものとはいえ、一応は盗難行為に分類されるだろう。そりゃあ、人には知られたくない。

 追い詰められた犯人のように挙動不審となってしまった綾瀬さん。

 空先輩は立ち上がると、綾瀬さんの肩をポンポンと叩き、優しく語りかけた。


「まあ安心してくれ。人に言いふらすつもりはないよ。私も別に、君の罪を追究しようとこうして喋っているわけじゃない。昨日言った通り、私は再発防止のために動いているだけだ。君を守るためにね。そのためにも、君にかけられた祟りを解きたいんだ」

「それは……」

「ん?」


 ここに来て、ようやく綾瀬さんが口を開いた。

 ひどく弱々しい声で、縋るように言葉が絞り出される。


「本当ですか?」

「何がだい?」

「あなたなら……これをどうにかしてくれるんですか?」

「ああ。私は解呪の魔法使いだからね。必ず、君を現実に帰してあげよう」


 空先輩が力強く、自らが誇る称号と役目を語る。

 二人の様子に、僕は何かこの世からズレたものを感じる。呪いや祟りなどあるはずがないのに、まるで実在しているかのように二人は話を進めている。それが少しだけ、気味が悪いと思ってしまった。

 しかし二人で通じ合うものはあったのか、綾瀬さんからどことなく警戒心が抜けた気がした。

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