祟られた写真部事件 解答編①

 翌日の放課後。『目当ての人物』と共に、僕らは魔法部のソファーに腰かけていた。

 空先輩はとんがり帽子を被り、ローブも纏い、すっかり魔法使いのスタイルに変身している。


「それじゃあ、これから君にかけられた魔法を解いてあげよう、綾瀬さん」


 堂々と空先輩が宣言する。

 この場に呼ばれた綾瀬さんは、胡散臭い霊能力者でも目の当たりにしたようだった。


「あの……昨日の話ですよね。そういうの、結構ですから」


 案の定、綾瀬さんは明確な拒絶の意を見せた。ここまで事情を聞かされず、「昨日の件で話があるから魔法部の部室まで来てもらえないかな」と呼び出され、聞かされた第一声がこれでは当然の反応と言えた。


「私、もう部活行ってもいいですか?」

「まあ待ってくれ。それより、写真部で飼っていた狐は逃がしてあげたかい?」

「……関係ある話ですか?」

「ただの確認だよ。だって、勘違いでずっと閉じ込められていたのでは、狐も哀れだからね」

「……っ!」


 綾瀬さんが肩を跳ねさせ、驚愕を浮かべながら空先輩の顔を見る。


「知って……るんですか?」

「さぁ。誰かから直接聞いたわけではないからね。ただの推測だよ」


 何を、の抜けた会話が続く。そのやり取りの意味を僕は解することができない。

 結局僕は、与えられた時間を使っても、真相に辿り着くことはできなかった。

 だから僕は、空先輩がこれから行う解決を見届けるためにここに来た。


「君が詳しいところまで話してくれれば、力にもなれるのだけれど」

「…………」


 空先輩の提案に、綾瀬さんは沈黙をもって答えとした。


「そうか。なら、私の推測が合っているかどうか、確認してほしい。まあ多少長話になるだろうから、座って、お菓子でも食べながら話そう。いるかい?」


 先輩がクッキーの袋を差し出す。魔法使い(というか魔女)が差し出す食べ物ってどうなんだ、と思うけれど、当然怪しい食べ物ではない。悪い魔女は童話の中だけの存在だ。

 それでも綾瀬さんは食べる気になれなかったのか、「ありがとうございます」と形式的にお礼を言うだけで、袋の中身に手を出そうとはせずにテーブルに置いた。

 先輩はそれに何を言うでもなく、ただ推論を語るために口を開く。


「それじゃあ、私の推測を話させてもらおう。昨日話を聞いていておかしいと思ったのだけれど、綾瀬さん、君が連れてきた狐は発見時、どういう状態だったんだい?」

「どう、って……」

「弱っていたところを檻に入れた? 君はあの狐に懐かれていなかったと聞くけど、警戒心の強い獣がそう簡単に捕まえられるかな。では、放置された檻に最初から閉じ込められていた? 私の知る限り、野生動物というのはそこまで間抜けではなかったと思うのだけれど」

「…………」


 先輩の質問に、綾瀬さんは答えない。

 一方僕は、先輩がどうして狐の話など気にしているのか疑問に思う。あれは単に、写真部で狐を世話しているというだけの話のはずなのに。


「檻の錆び具合や塗装の剥げ方からして、しばらく外で放置されていたのは本当だろう。でもそれは、狐も放置されていた証拠にはならない。以上のことから、こう考えるのが自然だ。綾瀬さんは放置されたトラップ用の檻を発見し、それでトラップを自作して狐を捕まえた、と」


 ……まあ筋は通っている。通っているが、それがどうしたというのか。


「ところで話は変わるけれど、写真部のおまじない、見せてもらったよ。心霊写真を箱に閉じ込め、呪いを封じ込める。類感呪術と呼ばれる、典型的な発想の儀式だ」

「……何が、言いたいんですか」

「そう睨まないでくれ。君を追い詰めようとしているわけじゃないんだ。――まあつまり、こういうことだ。類似物を箱に閉じ込めて呪いを封じる類感呪術。綾瀬さんはその発想を写真部のおまじないから得て、別のことに転用しようとしていたんじゃないのかい?」

「…………」


 綾瀬さんは、図星を突かれたとばかりに俯く。

 一方の僕は空先輩の言葉の意味を測りかねて、しばし首を傾げる。そしてようやく真実に気づき、「あっ」と声が漏れた。


「つまり綾瀬さんは狐に類するものからの呪いを防ごうと、狐を捕まえてきたわけだ」


 昨日空先輩が、妙に狐の件について考え込んでいた理由をようやく理解する。空先輩はあの時点ですでに、狐を閉じ込めるというのが類感呪術の類ではないかと疑っていたのだ。


「写真部として飼いたいと言っていたのも、それが理由だろう? 自分だけでは世話をしきれないから写真部に頼ったはいいが、狐が元気になったとしても、狐を開放されたくなかったんだ。呪いを封じることができなくなってしまうから」


 ……そこまでして綾瀬さんは、狐の呪いから身を守りたかったのか。

 とすると、綾瀬さんが倒れる原因となった、精神的な負荷とはこのことだったのだろう。


「ところがそれが本当だとすると、また一つおかしな点が出てくる。緒方さんが言っていたね。昨日の朝、君はあの狐を開放することを提案したそうじゃないか」


 ああそうだ、それは確かにおかしい。それをしてしまえば、狐の呪いから身を守る手段がなくなる。怯える心配がなくなったというのは、昨日綾瀬さんが倒れたことで否定されるのに――。

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