祟られた写真部事件 解答編③

「さてまあ、ここまで来たんだ。せっかくだから、私の推理を最後まで聞いてもらおう。お供え物に手を出してしまったことで罰が当たること、祟られることを恐れた君は、写真部のおまじないをも避けるようになった。狐封じに流用したせいで、自分にかけられた呪いを想起させるからかな」

「はい、まあ、そうです」

「なるほど。それでもまだ、狐を閉じ込めることで呪術的対処ができていると思い込んでいるうちはよかったのだろうね。しかしあの神社に祀られていたのはお稲荷様であって、狐ではないことを知ると、不安が抑えられなくなった。むしろ御使いの同族を閉じ込めていたのだから、更に罰当たりなことを重ねてしまったと考えたりしたのかな」


 確かに言われてみれば、そういうことになる。窃盗を働くのみならず、眷属の同胞を閉じ込めるなど、神様からすればこれ以上の侮辱もそうないだろう。


「そうやって心の支えがなくなり、不安だけが残る。昨日の写真部のおまじないでも、やはり呪いや祟りについて考えてしまう。やがて不安が抑えきれなくなって、ついクラリと来てそのまま倒れてしまう――と。そういう顛末だと私は考えたのだけれど、どうかな?」


 話を締め括り、空先輩は自信ありげな表情で綾瀬さんを見据える。

 綾瀬さんはそれに、ゆっくりと頷いた。


「すごい、ですね……。私、何も話してないのに。全部、その通りです」

「そうか」


 先輩は澄ました顔でそう答えるが、一瞬得意げな表情が浮かんだのを僕は見逃さない。

 まあ、今回ばかりは本当にすごいから、後で自慢してきたとしても褒めてやるとしよう。


「それじゃあ、今度は君の話を聞かせてくれないかな」


 推理では解き明かせなかった部分が聞きたいと、空先輩は話を乞う。

 綾瀬さんはまたも頷き、ぽつぽつと真相を語り始めた。


「はい……。先週の、日曜日のことです。ようやく梅雨が明けて、久々にジョギングに出られるって思って、外に出たんですけど。久しぶりだったから水筒を忘れてしまって。かなり走った後になってようやくそれに気がついたんです」

「なるほど。何の理由もなく手を出すとは思えなかったのだけれど、それが理由か」

「そう、ですね。梅雨明け直後なのにやけに暑くて、喉も乾いてしまって。そのとき、あの神社の前まで来たんです。あの場所、結構お気に入りだったので、日陰に入って休憩しようと思って入ったんですけど。そしたら、リンゴジュースがお供えされているのが見えて……」


 綾瀬さんはその後悔を示すように顔を俯けた。


「最初は、罰だとか祟りだとか、信じてなかったんです。それで、飲んでしまったんですけど。そしたら急に、狐の石像とか、虫の声とか、葉っぱの擦れる音とか、全部が私を責め立てるように聞こえてきて。ほんとに、世界全部が敵になった感じだったんです。祟りってこういうものなんだって思ったら、すごく怖くなって……」

「だから、対抗策を探した?」

「はい。写真部のおまじないを参考にして、前に捨てられてるのを見かけた檻を使って、ネットで調べながら見様見真似で罠を作りました。それで、奇跡的に狐がかかってくれたんですけど……」


 綾瀬さんは失敗を悔やむようにうつむいた。


「一昨日になって、お稲荷様と狐は違うって知ったんです」

「だから狐を逃がそうとしたんだね」

「はい。あれは結局、昨日のうちに逃がしました」

「それがいい。自然のものは自然にあるべきだ」

「そうですね。……後のことは、知っての通りだと思います。私が眩暈でふらついて、ついバランスを崩して倒れてしまって。本当に、なんてことはなかったんですけど、大ごとになってしまいました」

「――そういう事情か。なるほど、了解したよ」


 空先輩は帽子の鍔を弄り、何やら考え込むような姿勢に入る。


「綾瀬さん。まだ祟りは怖いかい?」

「……誰かに話せて、少し楽になったような気はします」

「でも根本的な解決には至っていない?」

「まあ……はい。そうですね」

「なら、取るべき手段は一つしかないね」


 空先輩は人差し指を一本立てる。

 魔法使いが構えたその指は、不思議と今にも先端から魔法が飛び出しそうに思えた。


「私は……何をすればいいんですか?」


 綾瀬さんが重苦しい表情で尋ねる。

 あからさまに緊張している綾瀬さんに空先輩はふっと笑って、言った。


「謝りに行こう。誠心誠意。お詫びの品でも持ってね」

「えっ……? それだけで、いいんですか?」

「神様は寛容だからね。それに、毎週アップルジュースだけを出されるんじゃそろそろ飽きてくる頃だろう。変わり種でもお供えすれば喜ぶんじゃないかな」


 あからさまに冗談めかして空先輩は語る。

 対する綾瀬さんは、納得がいかないという様子だ。


「でも……」

「簡単すぎるかい? なら、もう一つ上乗せしよう」


 先輩が二本目の指を立ててみせる。


「お供えをして謝罪して、不安が和らいだなら、忘れるんだ。今回のことは」

「えっ?」


 全く予想しなかったことを言われたと、綾瀬さんは当惑する。


「不可能でも努力はすること。それがきっと、一番の罰になるよ」

「…………」


 先輩独自の理屈を呑み込めなかったようで、綾瀬さんは空先輩の瞳を覗き込む。

 しかし空先輩はそれ以上言葉を足すこともなく、むしろ自信たっぷりに見つめ返した。

 その様子に、何か思うところがあったのだろうか。


「わかり、ました。そうします」


 綾瀬さんは小さく頷いて、それからやや無理をしているような微笑みを見せた。


「同行はいるかい?」

「いえ。一人で、行ってきます。私がやったことですから」

「そうかい。それじゃあ――頑張ってくれ」

「はいっ」


 綾瀬さんは頷いて、ソファーから立ち上がる。


「今回は、ありがとうございました」

「うん。また魔法部に相談するような何か起きたら、頼るといい」


 社交辞令なのか本気かわからない先輩の発言に、綾瀬さんは曖昧に笑ってから、魔法部の部室を去っていった。

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