祟られた写真部事件 解答編④
空先輩と二人きりになった部室で、綾瀬さんが残していったクッキーをつまみながら尋ねてみる。
「先輩。忘れるのが罰になるって、どういうことですか?」
「ああ、あれは私の魔法だよ」
「魔法?」
「魔法を解くための魔法さ」
魔法。魔法の言葉――。
なんだろう。聞き覚えがあるような。
「マジックワード?」
「それは大人の事情だとか、みんなが言ってるだとか、都合のいい丸め込みに使われる言葉のことだよ。まあ、人間にとって都合のいいことを言った自覚はあるけれどね」
それはつまり、裏を返せば、人間ではないものには都合が悪いことを言ったということだ。
今回の件に当てはめるならそれは、罰を決める立場にあった神、だろうか。
……いや、そもそも。そんな神など、果たして実在しているのか。
ふと、先輩の言葉を思い出す。現実にも魔法はあるが、本当にはない。
存在しないものは現実には干渉できない。その点において、今回の事件の中心にあった神は、間違いなく存在していた。その神が綾瀬さんを惑わし、様々な行動を取らせたのだから。
しかし一方で、本質的な点でその神はやはりこの世に存在していない。なぜならその神は、一度も神罰など下してはいないのだから。神自身はこの世に、この物語に参加せず、ただ綾瀬さんを通じて存在していただけ。登場人物紹介には決して載せられない存在なのだ。
――そういうことなのだろう。
「先輩。僕、わかった気がします」
「何がだい?」
「現実に魔法は存在するけど、本当にはないって話」
魔法が存在するかどうか。そんなことは一概には語れないのだ。
なぜなら、魔法の存在を信じ込むことが魔法を生むのだから。魔法の存在を信じなければ、魔法は現実には干渉できず、存在することもできない。だが信じ込んだとしても、本質的に干渉することはやはりできない。
魔法とはそのように曖昧な、まさしく夢のようなものなのだろう。
先輩はそういう眼差しで、この世界を見ているのだ。
それを理解すると、なおさらかつて抱いた疑問が膨らんでくる。
「先輩。先輩って、魔法好きですよね?」
「まあね。それが?」
「ならどうして、魔法を解くのが使命だなんて言うんですか?」
ミステリー好きとしては、謎を解く面白さは否定しない。
しかしこうも思う。謎は謎のままの方が面白いこともある、と。魔法などまさに、その最たる例ではないのか。
僕の問いに、先輩は顔を背けて――表情が見えないようにしてから答えた。
「――魔法は、いつか解かれなくてはいけないんだよ」
いやに熱の籠った声は、魔法部の部室に静かに浸透していく。
「魔法の呪いは、もちろん問答無用で解くべきだ。では祝福は? 魔法の祝福というのは甘い果実だ。都合のいい幻想に、ついいつまでもひたってしまいたくなる。でもね、祝福もいつかは呪いに転ずる。そして呪いは人を不幸にするんだ。だから私はそうなる前に、魔法を解いて回っている。……変かな?」
途中まで自信満々で語っていたのに、最後の問いかけだけは妙に不安が見え隠れしていた。
そのギャップに思わず笑ってしまう。
「ええ、まあ、先輩は大概変ですよ」
「……キュラ君のくせに生意気な」
恨めしげな声と共に、先輩が再びこちらを向く。どことなく、その表情は凹んでいるように見えた。
その顔がちゃんと見えるようになってから、僕は言ってみた。
「でも嫌いじゃないですよ。そういうところ」
「なっ」
空先輩の顔が急速に赤くなる。普段の仕返しくらいにはなっただろうか。
「そっ、それはどういう……」
「さぁどういう意味でしょう」
今度は僕が空先輩に背を向ける。なぜかは、聞かないでほしい。
予想外に味わった気恥ずかしさは、先輩に教えてやるつもりなどなかったのだから。
空先輩が本音を語る際の言葉は難解で、その真意はいつも判然としない。
いつか、来るのだろうか。この不思議な先輩の言葉の全て――いや、空先輩の全てを理解できる日が。
その日の到来を願いながら、僕は今日も、空先輩と一日を過ごす。
魔法など実在しやしない、この現実という世界の中で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます