極彩色の世界事件 問題編⑨
「空先輩。はい、これどうぞ」
「え? ああ、キュラ君か。おかえり。……綿あめ?」
「はい。待たせたお詫びにと思って」
僕はその辺の屋台で買った綿あめを空先輩に差し出した。
空先輩は一瞬嬉しそうな顔をしたものの、またすぐに沈んだ様子に戻ってしまった。
寂しげな瞳のまま、空先輩は綿あめの天辺を小さく啄む。
僕らは会話を交わさず、目の前を通り過ぎていく人波をただ無言で見つめていた。耳をすませば、雑踏の中の会話も聞き取ることができる。
くじ引きで外れただとか、金魚を掬えただとか、焼きそばがおいしいだとか。
そんな会話の中に、当初それは埋没していた。
「ユキちゃん、眠いの?」
「んー」
僕らの傍を、一組の母子が通り過ぎようとする。親は小さい子供の手を引き、子はふらふらとした足取りで母親からの牽引を頼りに進んでいた。
「しょうがない。ほら、おぶってあげるから。こっち」
母子は人波から抜け、僕らが立つ場所の横へとやって来る。母親がしゃがみ、子供はその背にもたれかかる。母親は慣れた動作で子供を背負いながら立ち上がると、再び人波へと消えていった。
その一連の流れを見届けて、ふと空先輩の方を振り返ると、空先輩はまだ残っている綿あめに口もつけずに放心していた。
「先輩?」
「そうだ。思い出した……」
僕の言葉を無視して、空先輩は先ほどまで母子がいた場所へ、その残影を求めてふらふらと近寄る。
「私は、あのとき……」
そして空先輩は、過去を垣間見る。
―――――――――――――
《過去の記憶》
「すごい! もっと魔法見せて!」
極彩色の大魔法を見た私は、もっともっととお姉さんにねだる。
そんな私にお姉さんは苦笑しながら、頷いた。
「それじゃあ空ちゃん。私が魔法で、お父さんとお母さんのところに連れて行ってあげる。だから目を閉じて、リラックスして?」
「ほんと! わかった!」
私は素直に目を閉じた。
「空ちゃん。もうちょっと前に来て?」
「ん? こう?」
真っ暗な視界の中で、言われるがままに私は少し前進する。すぐに何か、というかおそらくはお姉さんにぶつかった。
「そう。それじゃあ、ちょっと動かないでね」
お姉さんがそう言うと、何かに掴まれる感覚と共に、私は宙に浮きあがる。というより何かに下から押し上げられる。
これもお姉さんの魔法なのかと私は考えた。
そんな私の口元には、ふわふわしたものが当たっていた。それが気持ちよくて、私はそれに顔を擦りつける。
そうすると、私は心地よさに包まれて、とても幸せな気分になった。
―――――――――――――
空先輩は、脱力状態でその過去を語る。
「奇跡だね。思い出せるなんて」
空先輩は微笑を浮かべた。
しかし先輩の言葉に、僕は心の中で首を振る。
理由もない奇跡なんかじゃない。僕の考えが正しいなら、もしかしたら綿あめの感触が空先輩の勘違いを正してくれるんじゃないかと思って、こうして綿あめを買ってきたんだ。あの親子が現れたのは偶然だが、それだって祭りでは珍しくない光景で、奇跡でも何でもない。
そんな野暮な台詞を吐く代わりに、僕は先輩にやっと言えるようになった言葉を伝える。
「空先輩」
「ん? 何かな」
「僕、わかりましたよ。先輩にかけられた魔法の謎」
「……え?」
空先輩は意表を突かれたようにビクリと動作を停止した。
驚きの声は、祭囃子や周囲の喧騒に呑まれてよく聞こえなかった。
ここで解決編と洒落込むには、いささかノイズが多すぎる。
「ちょっと移動しませんか? 向こうに、いい感じの場所を見つけたんです」
僕は先ほど飛び出した、屋台通りの突き当りの方角を指す。
未だ困惑が抜けきらない様子の空先輩は、普段からは考えられないほど素直に、コクリと小さく頷いた。
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