祟られた写真部事件 問題編②

 白瀬さんが持ち込んだ話に興味を示した空先輩。

 ポテチの塩が付着した指を舐めると、真剣な表情で白瀬さんと向き合った。


「倒れたというのはは、元から体調が悪かったとかではなく?」

「軽く聞いてきただけだけど、午前中はすごい調子よさそうだったって」

「元から呪術的行為に影響されやすいタチだったというのは?」

「んー、それはまだ調べてないけど。それ重要なこと?」


 スクープを持ってきたらとてもどうでもいいことを質問された、とばかりに白瀬さんは口を尖らせる。しかし空先輩はまっすぐ白瀬さんの目を見て頷いた。


「うん、そうだよ。人によっては、呪術的行為によって簡単にトランス状態に入ってしまうこともあるからね。例えば私は、お葬式に参加している最中に気を抜くと意識が飛びかけて、挙句には口から自分でも意味不明な言葉が飛び出しそうになる」

「えっ、こわ」

「そうとも。魔術や呪術、儀式というのはそれだけの力を持っているんだ。だからその綾瀬さんとやらが、雰囲気に当てられて倒れてしまったというのは十分あり得るよ」

「へぇ……」


 興味深いことを聞いた、と白瀬さんは満足そうに相槌を打った。

 空先輩も自分の知識を披露できて満足したのか、一つ咳払いを挟んだ後に、上機嫌そうにこう言った。


「おほん。……うん、まあだいたいわかったよ。それで白瀬の用は、どうせあれだろう? その事件の調査を私に任せて、事件の記事と調査結果の記事で紙面を埋めたいと」

「えへへ、隠し事はできないものですなぁ」


 白瀬さんがわざとらしく後頭部を掻く。

 そんなことは新聞部でどうとでもできるはず、と思うかもしれないが、調査結果の記事だけはおそらく空先輩がいないと完成しないのだ。だから白瀬さんは、この話をこの魔法部へ、正確には空先輩へと持ってきた。

 なぜなら。


「今回も期待してるよ、名探偵!」

「魔法使いだよ。ただの、解呪専門のね」


 空先輩が得意げに、自らの称号を名乗る。

 解呪、破魔、除霊――呼び方は多々あるが、空先輩はそういった魔を祓うことに情熱を注ぐ、自称『魔法を解く使命を与えられた魔法使い』だ。

 もちろん本当に魔法が存在したり、それを解く力を空先輩が持っていたりするわけではない。魔を祓うというのは比喩表現で、魔法のように不可解な事件の真相を解き明かすことを、先輩は『魔法を解く』と呼んでいる。

 彼女の手にかかれば、この世に存在する超常的な不可思議は必ず解き明かされる。

 その腕前を見込んで、白瀬さんは空先輩を名探偵と呼び、ここを訪れたのだ。おそらく一筋縄ではいかないのだろう、今回の事件の真相を知るために。


「それじゃそういうことで。あとはよろしくーっ!」


 白瀬さんは社交辞令的にそう言うと、駆け足でどこかへと走り去っていった。

 たぶん事件の取材に行くか、それとも原稿を書くかしに行ったのだろう。

 それを見届けた後に、空先輩が立ち上がった。


「それじゃあキュラ君、私たちも早速行こうか」


 空先輩は既にやる気十分といった様子で、頭上のとんがり帽子の角度を調整している。

 その様子を見ながら、僕は。

 テクテクと窓に歩み寄ると、遮光カーテンを少しだけズラして外を確認する。

 梅雨明けから一週間ほど。日差しが次第に殺人的な光線へと近づいてゆく季節であり、夏の匂いが外には充満していることだろう。この小さな窓からでさえ、セミたちの大合唱と汗を垂らす少年少女たちの熱意に満ちた掛け声が聞こえてくる。

 燦々と降り注ぐ太陽光線に恨めしい視線を送りながら、僕は言い放った。


「僕、留守番してますよ。外は眩しそうなので」

「だから君のそのドラキュラ根性なんとかしろと言ってるじゃないかキュラ君っ!」

「善処します」

「それしないやつだろう!?」

「前向きに検討させていただく所存です」

「それもしないやつだよ!」

「最大限努力はしてみるつもりです」

「結局できませんでしたって言うやつーっ!」


 空先輩が悲鳴じみた声で真意を追究してくるが、もちろん無視。普段のお返しだ。

 ああそういえば、キュラ君というあだ名の由来はすぐにわかると先に書いた。

 もうおわかりだろう。僕は大の出不精で、特に日光が照りつける晴天を極度に嫌う。ついでに濡れるのも嫌だから雨も嫌いで、曇りでなければ外にも出かけたくない。そういう性分だ。

 だからドラキュラ伯爵になぞらえて、僕のあだ名はキュラ君なのだ。代案としてドラ君の名を提唱したら、ドラゴンとかドラ○もんっぽいからダメだと空先輩に却下された。

 聞く人が聞けば、僕の本名である倉橋の倉から取ったあだ名かと思うかもしれないが、たぶん僕の本名を覚えていない空先輩はそんなこと意識もしていない。


「というか最初に行くのは写真部の部室だから、外には出ないよ」

「あ、じゃあ行きます」


 僕はあっさりと主張を翻す。

 内心、心配する必要もないなら、もっと早く言ってくれればいいのにとぼやいていた。


「……はぁ。ほんと、キュラ君はキュラ君だな」


 空先輩は呆れた顔でツッコミを放棄して、「ほら行くよ」と僕の背を押しながら写真部の部室を目指した。

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