祟られた写真部事件 問題編①
ここ神楽高等学校には、魔法部という奇妙な部活がある。
ほとんどの生徒は存在すら知らないようなマイナーな部活だが、一部の生徒の間ではこのような噂が流れている。
魔法部には魔女がいて、この学校の不思議は全て魔女が糸を引いているのだと。
高校生にもなって学校の七不思議など語り合うことは稀だが、仮に七不思議を語るのであれば、栄えある七番目の不思議の座にはその魔女が収まる事だろう。
さて話は変わり、ここにとある一人の女子高生がいる。
「んー、んーっ」
彼女はボロい長ソファーに深く座り込み、少し腰を浮かせば手が届くテーブル上のポテチを、必死に手を伸ばして取ろうとしている。指先が袋の端を掠めているが、小柄なせいか掴めはしない。そうやって十秒ほど格闘した後に、諦めたのかガックリと肩を落とした。
そして続けて、やや間を開けて同じソファーに座っていた僕に向けて呟く。
「ああダメだ。キュラ君、ちょっとそこのポテチを取ってくれないかな」
「……どうぞ」
「いやぁ、悪いね」
ちょっと腰を浮かせれば取れるポテチを、他人に取らせるダメ人間の姿がそこにはあった。
彼女は膝の上に本を乗せ、鼻歌を歌いながらポテチの袋を開けると、自分の隣にポテチを置く。そして膝の本に目線を固定すると、右手でページを繰りながら左手でポテチを口に運び始めた。だらしないことこの上ない。
しかも奇天烈なことに、彼女は黒いとんがり帽子を頭にかぶり、同じく黒いローブ的な衣装を制服の上から羽織っている。その格好はまさしく魔女。
何を隠そう、彼女こそが魔法部の魔女の正体だ。所詮噂は噂で、怪異を操る魔女などここにはおらず、いるのはただ後輩をこき使って読書に没頭するちんちくりんな女子高生だけだ。
「はぁ……」
僕はため息を吐きながら、薄暗い魔法部の部室を見回す。
雰囲気づくりのためか窓はカーテンが閉め切られ、昼下がりの陽気を遮断している。本がぎっしりと詰まった本棚や占星術のための天球儀、薬品調合用のフラスコや凝ったデザインの魔法陣など、部屋の中に押し込まれたそれらが存在を主張していてやや鬱陶しい。
このゴチャゴチャした、西洋魔術から東洋魔術、呪術からおまじないまで節操なく集められた場所が魔法部の部室だ。
「あああとキュラ君、そこに置いてあるジュースも」
「本濡らす未来しか見えないので却下です」
「ケチだねキュラ君は。そんなに人のために働くのは嫌かい」
「わざわざポテチ取ってやった後輩に何を言いますか」
反論するが、既に返答はない。膝に乗せた本に夢中になっているのだろう。この先輩がそういう人だということは、既によく学んでいた。
ちなみにキュラ君というのは僕のあだ名だが、詳しい由来はどうせすぐにわかるので今は語らないでおく。
「というか空先輩、ポテチの破片落ちるからその読み方やめましょうよ」
どうせ聞いていないだろうと思いつつ忠告するが、返事はない。想像通り。
魔法部の部長である空先輩は、一度集中するとこうなのだ。他人の話を聞かず魔法の世界に没入し、何か一大事でも起こらない限り現実に帰ってこない。そして他人のことを平気でこき使う。
この部活はそんな先輩と二人きりだから、正直言って入部したての頃は明日には辞めてやるという気持ちでいっぱいだった。
しかし先輩のある一面を見て、僕は考えを改めた。
それというのが――
「大変! 大変! 大変! 空ちゃん空ちゃん、大事件!」
「うわビックリしたっ」
漫画なら確実にバァン!! というオノマトペが入る勢いで、魔法部のドアが開け放たれる。
そのまま部屋の中へと突入してきた、ブンブンとポニーテールを振り回す女子生徒には見覚えがあった。
「なんだ白瀬さんですか」
「その通り! 新聞部二年、どんな事件も見逃さない、お知らせの白瀬とはあたしのことだ! ――ってそうじゃなくて! キュラ君、大事件なんだってば!」
「何かあったんですか? 殺人事件でも?」
「うわっ、キュラ君その発想怖すぎるよ! ドラキュラのキュラ君の名は伊達じゃないね」
「ただの冗談ですってば」
殺人事件のニュースをわざわざ魔法部まで運んでくるほど、新聞部は暇ではないだろう。
そもそも最初からお目当ては空先輩だったようだし、となるとその目的も見えてくる。
僕の空先輩に対する評価を一変させたアレをまた見られるのかと思うと、少し心が躍る。
「それで白瀬はどうしたのかな。私は見ての通り読書に夢中だったわけだけれど」
「だから大事件なんだってば!」
「なにが」
「うちの学校の写真部、変な伝統があってさ。心霊写真が撮れちゃったりしませんようにって、部活始まる前に毎回おまじないしてるんだよね」
「それなら知っているよ。前に白瀬が新聞に取り上げていただろう?」
「あ、読んでくれてた? ありがと。でも本題はそっちじゃなくてね。今日のおまじないの最中に、写真部員の綾瀬さんって子が倒れちゃったんだって! 呪いとか祟りなんじゃないかって噂なの」
「……ほう」
空先輩は興味を引かれた様子で、本に栞を挟んでパタリと閉じた。
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