祟られた写真部事件 問題編③

 部室棟の中をちょっと進むと、すぐに写真部と書かれたプレートが見えてきた。


「ここか」


 空先輩は扉の前に立つと、躊躇いもなく写真部の戸をノックした。


「魔法部の者だけれど、誰かいるかな?」

「ああはい、ただ今!」


 ガタリと椅子から乱暴に立ち上がった音がして、それから戸が勢いよく開かれる。

 応対してくれたのは男子生徒。そこそこ筋肉のありそうな体つきで、制服は若干着崩されている。上履きの色から察するに二年生、つまり空先輩の同学年のようだ。だが空先輩に見覚えはなかったようで、「え、魔女?」と首を傾げた。


「魔女じゃない。魔法使いだ」


 空先輩がやや不機嫌に言う。空先輩は何やら『魔法使い』という称号にこだわりがあるようで、魔女扱いされると毎度こうして認識の訂正を求めるのだ。


「ああ、そうなのか」


 その空先輩のこだわりはさっぱり理解されなかったようで、写真部の男子は心の籠ってない呟きを発するのみ。


「それで、何か用か?」

「いや、写真部でおまじないの最中に倒れた人がいると聞いてね」


 空先輩がそう言うと、途端に相手は表情を硬くする。単なる野次馬だと思われたのか、それとも事件の存在そのものを隠したかったのか、理由は不明だ。

 空先輩も相手の態度の変化を察してか、急いで言い募る。


「ほら私は魔法部だから、そういう儀式とかには詳しくてね。それで再発防止のためにと、調査を任されたんだ。おまじないに何か危険性はなかったか、とか」

「はぁ、なるほど……」


 相手の表情が軟化する。相手が態度を硬くしていた理由は不明だったが、どうやらこれなら話をしてくれそうだ。

 それにしても空先輩は、あんな嘘八百がよくスラスラと出てくるものだ。再発防止調査を任されただなんて。そんな調査、一体誰が頼むというのか。仮に学校側がこの件を掴んだとしても、せいぜい叱りつけて終わりだろうに。


「私も概要くらいしか聞かされていないから、詳しい話を聞かせてもらえないかな」

「ああ、ちょっと待っててくれ」


 男子生徒は部室の中に引っ込んでいき、「伊崎、魔法部? とかいう部活のやつが……」と室内の女子生徒に話しかけていた。


「ん、伊崎?」


 空先輩が不意に呟く。どうやら名前に心当たりがあったようだ。

 やがて伊崎さん自らドアの前にやってきて、二人してやや驚いた顔になる。


「あっれ、空じゃん」

「伊崎、写真部だったのか」

「まーね。てか何そのカッコ。コスプレ?」

「……コスプレじゃない。まあ、魔法部の制服みたいなものだと思ってくれ」


 空先輩は再び不機嫌そうに、認識の訂正を求める。

 いやコスプレではと僕も思ったけれど、空先輩は魔法使いの格好をコスプレ扱いされると怒るのは知っているため、黙っておいた。

 それはさておき、伊崎さんの格好を観察する。

 なんというか……全体的にギャルっぽかった。髪を染めたりはしていないけれど、スカートは普通より短いように見えるし、制服の着方もどこかだらしない。

 あまり空先輩が好みそうな人種には見えなかった。


「空先輩、知り合いですか?」

「ああ、伊崎は……」

「やっほ。あたしこの子のクラスメイト。よろしくね」

「ああはい、魔法部一年の倉橋です。よろしくお願いします」


 社交辞令として適当に返しておく。「つれねー」と伊崎さんにぼやかれるが無視した。

 なるほど、空先輩のクラスメイトらしい。これなら情報収集も楽に済みそうだ。


「まあそういう関係だ。というかそんな話はどうでもよくてだね。伊崎、私が来た理由は聞いただろう。早速色々教えてもらいたいのだけど」

「んー、あんまり言いふらしてほしくないんだけど。変な噂とかさ、困るんだよね」

「大丈夫だ。再発防止を頼まれただけで、問題を明らかにしろとは言われていないから、まあ最悪本人の体調不良ってことにして適当に済ますよ」

「ふぅん。そういうことならー、まあー。いっか、うん」


 伊崎さんはちょっと悩む素振りを見せたが、どうやら無事に話してくれそうだ。


「で、何が聞きたいわけ?」

「とりあえず確認したい。事件は伊崎の目の前で起こったのかな」

「あたしの前ってゆーか、みんなの前で。写真部全員揃ってたよ」

「全員というのは?」

「部長の浦畑先輩でしょ、あとそこの榎本」


 伊崎さんは先ほどノックの音に応えて出てきた男子生徒を指さす。


「それから一年の緒方ちゃん、あと倒れた綾瀬ちゃんの五人」

「三人は今どこに?」

「保健室。浦畑先輩は部長だから、緒方は綾瀬の友達だからってついてった。で、あたしらは留守番してるとこ」

「容体、悪いのかい?」

「いや全然。眩暈がして倒れただけだから大丈夫って本人は言ってる。ま実際、椅子から倒れただけだしね。肩から倒れたから、頭も打ってないし。それでも心配だからって二人が保健室に運んで、今に至るってわけ」

「なるほど」


 どうやら大事ではなさそうだ。

 白瀬さんがあれだけ息巻いて飛び込んでくるものだから、もっと深刻な事態かと思っていた。まあ大事ないのは何よりだが。

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