極彩色の世界事件 解答編①
僕らはすぐ近くの道路に出て、歩道橋の上に陣取った。
何の変哲もない歩道橋だが、明らかに通行目的ではなく立ち止まっている人は、僕たち以外にも幾人か見受けられた。
それを見て、僕は時間を確認する。まだ大丈夫そうだ。
ほんの少し移動しただけだが、祭囃子の音色はかなり遠くから聞こえるように思える。建物で遮られているせいだろうか。おかげで、ここにはお祭りの浮かれた空気もあまり届いていなかった。
「それで、あの、キュラ君? どういうことだい? わかったというのは」
空先輩は未だにわけがわからないという様子で、僕に尋ねてきた。
先輩がここまで困惑しているというのも珍しい。
「どういうも何も、そのままの意味ですよ。謎が解けました。光の魔法と、転移の魔法と、飛行の魔法について」
「……本当かい?」
「こんな酷い嘘なんて吐きませんって」
かけられた疑いを僕は涼しい顔で否定した。
空先輩はそれを受け、小さく唾を呑む。
「なら、聞かせてもらえるかな。キュラ君が何を考えたのか」
「いいですけど」
でもその前に、と僕は前置きを入れる。
「空先輩、一度変身したらどうですか? あの帽子、そのために持ってきたんでしょう?」
「え? あ、ああ、そうだったね……」
空先輩はトートバッグからとんがり帽子を取り出して、自分の頭に被せた。そして折りたたまれたローブも取り出して、私服の上から羽織る。色の兼ね合いは制服のとき以上に悪いようだった。
「いやローブの方も持って来てたんですか」
「当然だろう。……今日が最後かもしれなかったのだから」
空先輩は拗ねたように言う。
今日で最後。やっぱり、空先輩はそのつもりだったのか。
それに小さくない落胆を覚えながらも、僕は口を開いた。
「それじゃあ、まずは簡単に話を整理しましょう。空先輩が過去に体験したという魔法は三つ。街を極彩色に染め上げた光の魔法。気がつけば両親の元にいた転移の魔法。そして、よくわからなかった飛行の魔法。ですよね?」
「うん、そうだね」
「さっきまで飛行の魔法が一番意味わからなかったんですよ。先輩自身もよく覚えてないらしいし。けど、さっきの話を聞いてようやくわかりました」
これはもはや単なる穴埋め問題でしかないから、もう空先輩も気づいているのだろう。
「目を瞑ったままおんぶされたのを、空先輩は宙に浮いたと思ったんですよね? それを先輩は、飛行の魔法と勘違いして覚えてたっていうのが真相なんじゃないですか?」
「うん……私もそう思うよ」
僕の話に空先輩も頷く。
きっとこれが答えだろう。過去を実際に見ることはできないから、確証を得ることは不可能だが。
空先輩の記憶が曖昧だったのは、目を瞑っていたせいというのもあるのだろう。味覚や嗅覚、そして触覚なんかは、記憶の中でもとりわけ薄れてしまいやすいから。
「で、次は転移の魔法です。一応確認しておきたいんですけど、空先輩、単に別れ際の記憶を思い出せていないっていう可能性は?」
「ない、とは思うよ。私の両親も、魔法使いなんて見なかったと言っていたからね。両親と一緒にお別れしたなら、私があのお姉さんを魔法使いと呼んだことくらいは覚えているはずだ」
「なるほど」
正直、空先輩が忘れているだけという可能性が一番怖かったが、それはなさそうで安心する。
「じゃあ、もう一つ。魔法使いさんとまたはぐれて、今度はちゃんと両親に拾われたっていう可能性は?」
「それだけはないだろうね。迷子の子供をまた迷子にさせる人なんて普通はいないし、私だって、迷子にならないように気をつけていただろうから」
「ああ、まあそうですね」
空先輩の言葉は推論でしかないが、筋は通っている。となるとその可能性も除外していいはずだ。
「なら、僕の考えを言わせてもらいます。空先輩、もしかしておんぶされた後に寝ちゃったんじゃないですか?」
「えっ? 寝て……じゃあもしかして?」
僕の推理を聞いて、空先輩はすぐさま何かを思いついたようだ。
ただし、先輩が何を思いついたのか漫画みたいに見抜く技能は僕にはないので、否定も肯定も控えておいた。
そうしていると、空先輩は改めて反論を口にする。
「いや、でもね。確かにさっき見たように、歩き疲れた子供が眠くなってしまうことはあり得るよ。けれど、私はお姉さんに魔法を見せてもらえると期待していたはずだろう? 普通、そういう状態で眠るのは困難だよ」
「はい。まあそうですね」
僕は空先輩の反論をあっさり受け入れた。
空先輩は拍子抜けしたようだったが、しかし反論が甘い。普段の先輩らしくない。
「でも、普通の状態じゃなければ別です」
「普通の状態じゃない?」
「はい。空先輩、熱があったかもって話でしたよね?」
「……あっ!」
空先輩が声を上げる。やっぱり理解は早い人だ。
「それでふらついてたって。そういう状態だったら、自分の足で歩かなくてもよくなって、心地いい場所で寝ちゃってもおかしくないんじゃないですか?」
「心地いい場所……あのふわふわした感触のことかい?」
「はい。総合すると、そのときの空先輩はまだ子供なのに、一日中街を歩きまわった後、迷子になって両親を探して更に歩いて、しかも体調不良だった疑いもあって、そこでようやく心地いい場所で一息つけるようになったわけです。これなら、寝てしまってもおかしくないでしょう?」
「確かに、そうだね。おかしくはない……」
空先輩が呟く。
「それに、両親と合流した方法が不明だったけれど、転移でないなら話は簡単だ。寝てしまった私を交番まで連れて行けばいい。両親も探してなかなか見つからないようなら、警察を頼っただろうし。そこで合流して、私は眠ったまま両親に引き渡されたのだとすれば、筋も通る」
僕が次に続けるべきだった言葉を、空先輩が全て語ってしまう。
今回の探偵役は僕のはずなんだけどな……。
まあいい。実を言ってしまえば、転移の魔法と飛行の魔法は今回の謎の本題じゃない。
ここまでは前哨戦だ。本番は、空先輩を魔法の世界の虜にしたあの光の魔法。
極彩色の世界の正体こそ、今回の謎の本題だ。
今から、遠回しに散りばめられた証拠をかき集めて、僕はその魔法の正体を暴く。
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