いつか魔法が解けるまで

イノリ

序文

 あなたは子どもの頃、サンタクロースを信じただろうか。白ヒゲのお爺さんが真っ赤な服を着て、空飛ぶトナカイと共にプレゼントを世界中に運ぶ。そんな魔法めいたことを謳う伝承を、あなたはどう考えていただろうか。


 ――この世界には魔法が存在すると、心の底から信じたことがあるだろうか。


 本当に幼い頃ならいざ知らず、多少の理知を身に着けた後にも魔法の存在を信じる者はごく少数だろう。魔法に限らず、現代の人々はたいてい超常現象の一切を信用しない。

 それなのにこの世には魔法が、奇跡が、不思議が存在すると、人々はしばしば幻想にひたる。

 万物に霊魂が宿るとして感情なき物体に礼を尽くし、藍色の夜空を移動する光点をUFOと呼び、見通せない暗闇に化け物の存在を仮定し、手を触れずとも物体を動かす能力に期待を抱き、当たるはずのない未来予知を占いと呼んで己の行動に取り入れる。

 ファンタジー、オカルト、SF。手を替え品を替え、ついでに呼び名さえも替えて、人々はこの世界の常識を超えた何かに思いを馳せてきた。信じていないなどと嘯きながらも。


 はっきり言ってしまおう。この世界に魔法など実在しない。

 この作品の舞台は現実だ。異世界ではなく地球の、日本の、とある高校でのお話だ。生徒の中に超能力者が混じっていることはないし、教師陣が宇宙人と入れ替わっているようなこともないし、異世界からやって来た魔法使いによって事件に巻き込まれた生徒もいない。

 この作品のジャンルはファンタジーでもオカルトでもSFでもなく、ただのミステリーだ。現実的な知識と推論によって真実を解き明かす、魔法から最もかけ離れたジャンルの作品として僕はこの作品を書いたつもりだ。

 そう宣言しておきながら言葉を翻すようでもあるが、これは魔法の物語でもある。

 魔法めいた、常識を軽く飛び越えてしまう超常のモノに挑んだ、とある魔法使いの事件簿だ。




 さて、これから僕は、あなたたちに魔法をかけようと思う。

 魔法など実在しないとわかっているのに、魔法の存在を信じたくなってしまう魔法だ。

 いつかその魔法が解けてしまうまでは、どうか楽しんでほしい。

 常識を超えた、魔法が生み出した事件の数々を。

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