ヨモツヘグイ事件 解答編③

 帰り着いた魔法部の部室で、二人並んでソファーに座る。


「さて。キュラ君、いるかい?」


 クッキーを差し出される。口の中がちょっと苦かったので、一枚ありがたく頂戴した。

 同じく空先輩もクッキーを一枚食べてから、再び口を開いた。


「わかっていると思うけれど、まだ解決編は終わっていないよ」

「ですよね」


 犯人は不明。茅野さんは沈んだ表情のまま。空先輩が約束してくれた完璧な終わりには、未だ至っていない。


「とはいえ、犯人の前で堂々と解決編をやる余裕はおそらくないんだ。今のうちに、答え合わせをしてあげるよ」

「……それじゃあ、聞かせてください。氷を使ったっていうのは、嘘ですか?」

「ああ。あんなのは嘘っぱちだ」


 空先輩は、オカ研の面々を驚かせた推理をばっさりと切り捨てる。


「どうして? 証拠は何もないんじゃ?」

「それが、実はあったんだ。だから茅野は、あれだけ余裕そうにしていたんだよ。決定的な解決に、決定的な反論を叩きつけて逆転勝利できると思っていたから」


 決定的な反論。そんなものを生み出す証拠が、どこかにあっただろうか。


「キュラ君、君は本を濡らしてしまったことがあるかい?」

「……? まあ、一度だけ」


 土砂降りの雨の中、学校から下校した際。鞄の中にあるから大丈夫だと思っていたら、鞄の中まで濡れている惨事となっていて、二度と鞄の防水性を信用するものかと誓った事件だった。

 あれから徹底的な再発防止をして、人生で本を濡らしたのはその一回だけに留めている。


「濡れた本は、当然乾かしただろう?」

「まあ、はい」

「元には戻ったかい?」

「……あっ!」


 なぜ急に本の話をと思っていたが、その一言で全てが繋がった。


「しわしわになってました。全然平らにならなくて、本棚にも入れづらかったです」

「そう。で、先ほどの推理で氷と共に入れられていたはずの包み紙は、どうなっていた?」

「普通に、平べったかったです」

「そうだったね。それが、氷を使ったという説の否定材料になるんだ。水は乾いても、紙は元には戻らない。そう主張して、茅野は私を論破するつもりだったんだよ」


 なるほど。確かに、その包み紙の証拠をひっくり返すことはどうやっても無理だ。空先輩は敗北者の烙印を押され、撤退を余儀なくされる。


「ついでに言うなら、中身が氷だった場合箱を振った音が大きく変わってしまう。張り切っている茅野が音の違いに気づかないとは思えない。それから、いくら夏場とはいえ箱の中の水がそんなにすぐ乾くかという反論もある。日向に置いてあったならともかく、陰に隠されていたわけだからね。まあこれは実証が難しいから、決定的な反論にはなり得ないけれど」


 言われてみれば、氷が融けてからまだ一日も経っていないはず。融けた氷は木製の箱に染み込むはずだし、何の痕跡もなく乾いてしまうとは考えづらい。


「でも先輩。その証拠を突きつけるためには、まず氷を使ったっていう推理に辿り着いていなきゃいけないですよね?」

「ああ。そうだよ」

「でも茅野さん、こう言ったらアレですけど、そこまで深く考えてるようには見えませんでしたよ。そもそもさっき、茅野さんは先輩の推理に反論をしてませんでした。しかも、先輩に何か囁かれて黙らされたって感じで。あれはつまり……」

「そういうこと。君もどうせ、薄々は察していただろう?」


 まあ確かに、理屈は全くなくても、もしかしたらそうなんじゃないかとは思っていた。

 だって彼女は、あからさまに振る舞いがおかしかったから。


「真犯人は茅野。氷という解答は茅野が仕掛けたミスリードだ」


 空先輩は、なんでもないことのように言い切った。


「ミスリード……空先輩を罠にかけようとしたってことですか?」

「ああ。黄泉竈食の件も、たぶんミスリードか深読みのしすぎだよ。黄泉比良坂の名前は、最初から彼女を表す名にふさわしかったんだ。後から思えばね」

「どういうことですか?」

「まあ、それは今関係ないから放っておこう。時間がないかもしれないからね」


 時間がない?


「何か待っているんですか?」

「さっき茅野に言っただろう。何か言いたいことでもあるなら、この後一人で来るといいとね」

「ああ、そういうことですか」


 いつ来るかわからない茅野さんの来訪に備えて、それまでに話を終えてしまいたいと。


「なら茅野さんの前で推理を聞かせてもいいんじゃ? 真犯人なんですし」

「今の彼女にそんな挑発じみたことをして、平気だと思っているのかい?」

「うっ、確かに」


 茅野さんは深く傷ついた様子だったし、そんな傷口に塩を塗るような行為は控えた方がいいだろう。


「とはいえキュラ君は真相を知りたがっているようだし、まあすぐにここに駆けつけて来るとも思えないからね。それまでに話そう、という感じだ」

「なるほど。わかりました」


 茅野さんをどうにかすることは、一応は僕が空先輩に頼んだことだ。

 それを押しのけてまで真相を語ってくれとは言えない。

 なるべく手短に行こうと、僕は疑問点を脳内にまとめた。


「それで、さっき茅野さんに囁いたのはなんだったんですか?」

「ああ。あれは犯行の手段を仄めかして、バラされたくなければ黙っていろとね」

「脅迫じゃないですか……」

「仕方ないだろう。茅野が真犯人だなどとあの場で語ってしまえば、茅野の呪いは二度と解けなくなるよ」

「そうなんですか」


 呪いがどんなものかも知らない僕はその理屈を呑み込めなかったが、ともかく必要なことであったのは理解した。

 あと気になるのはやはり、具体的な犯行の手口だけれど――

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