ヨモツヘグイ事件 解答編④

「それで結局、茅野さんはいつ犯行に及んだんですか? 茅野さんが買い物に行っている間以外に隙はないって、空先輩も言ってたじゃないですか」

「あれは嘘だよ。隙はあったんだ。茅野が部室を開けてから、他の部員が来るまでの僅かな時間にね」

「え? でも、隠し場所がわかったとしても、南京錠が開けられないじゃないですか。番号の総当たりをするには時間が足りないでしょう?」

「総当たりなんてする必要はないんだ。そんなことをしなくても、五秒あればあんな南京錠は突破できるよ」

「五秒?」


 いくらなんでも法螺を吹かしすぎだろうと空先輩を見るが、当然ながら空先輩は真剣そのものだった。


「それだけでいいんですか?」

「ああ」

「どうやって? 桐生さんが設定した番号を盗み見したとか?」

「していないよ。していたとしても、それでは開けてない」

「じゃあ、どうやって……」


 僕には見当もつかない。番号も知らず、五秒で南京錠を突破できる? そんなの、漫画の大泥棒のスキルだ。現実にはあり得ない。

 まさに魔法めいた犯行。――しかしこの世に魔法は実在しない。

 ならば、そこに込められたトリックとは。


「単純だよ。こうして、こう――」


 空先輩は左手の人差し指を一本、水平に立てた。

 そして、右手でチョキを作り――横向きの人差し指を挟み込む。


「チョキンとね」

「まさか、ハサミで……?」

「そこまで耐久性が低いとは思わないけれど、まあ百均で買える程度のワイヤー南京錠なら、ワイヤーカッターかニッパーでも用意してやれば余裕で切れるだろうね」

「え、じゃあ南京錠を壊して中身を盗んだってことですか?」

「そうだよ。南京錠は正攻法で開けなければならないという心理に付け入ったトリックだ」

「ああ……」


 物理トリックではなく、心理トリックだったのか。

 気づいてしまえば簡単なことで、陳腐なトリックと吐き捨てることもできるけれど、気づけなかった時点でそれは負け惜しみにしかならない。心理トリックとはそういうものだ。

 いやしかし、確かに盲点ではあったが、それでは疑問点がいくつも出てくる。

 とりあえず、ワイヤー南京錠なんて特殊なものを選んだのは意図的なことだったとして。


「それじゃあ南京錠を壊した後、どうやって元に戻したんですか?」

「戻していないよ。新しいものに付け替えたんだ。まあ元から百均で買ったものだし、トリックの代金としては安いものだろうね」

「でも茅野さんは南京錠の番号を知らなかったんだから、新しい南京錠は元の南京錠と暗証番号が違っているはずです。そうしたら、桐生さんが……」


 開錠時に気づいていたはずだ。なにせ鍵が開かなくなっているはずなのだから、と言いかけて気づく。


「そう。桐生さんが鍵を開けるとき、何が起きたか。南京錠が開かなかったから、暗証番号を茅野に教えて開錠を任せたんだ」


 それは確かに、南京錠が入れ替えられていた証拠として成立する。


「たぶん茅野が見かねたフリをして、貸してとでも言ったんだろうね」

「そのとき、教えられた番号じゃなくて、自分で設定した番号で鍵を開けた……?」

「その通り。あの南京錠、最初は茅野のポケットから出てきただろう? あれはたぶん、証拠隠滅を図った茅野が持ち出したんだよ。暗証番号を、桐生さんから聞き出したものに再設定するために」

「あっ……」


 そうか。小箱が部室に置き去りにされているのに、南京錠がポケットから出てきたのは疑問に思うべきだった。どう考えても不自然じゃないか。南京錠だけ持ち出してポケットに入れているだなんて。


「で、でも、茅野さんが部室に一番乗りできなければ計画は実行不可能でしょう? その場合はどうなってたんですか?」

「そもそもそれがあり得ないんだ。剣持君が言っていただろう。茅野のクラスはいつも帰りのホームルームが早く終わると。だから茅野は、その点に関しては心配していなかったと思うよ」

「ああ……」


 そういえばそんなことを言っていた。そうか。茅野さんが部室に一番乗りしていたのは偶然ではなかったんだ。


「今考えると、茅野が開錠時の話を最初にしなかったのは意図的だったのだろうね。饅頭を小箱に入れたまま放置して買い物に行ったのも、たぶん意図的だ。茅野は間抜けを装っていたけれど、とんでもない。今回の計画は、周到に計算された犯行だったんだよ」

「そう、みたいですね」


 空先輩が指摘した方法以外、穴はどこにも見つからない。必要な要素は全て噛み合って事件を構成している。不自然な点も不注意や不具合で済む程度に抑えられ、破綻は何一つない。

 それほどに、計算されつくした事件だった。

 その背後にある執念を思うと、空恐ろしいものを感じる。


「茅野さんは、どうしてこんなことをしたんでしょう?」

「さぁね。単純に考えるなら、私への仕返しだと思うけれど。そうでないなら……」

「なら?」

「黄泉比良坂という名前が、それを物語っているのかもね」

「……?」


 意味がわからず尋ねようとすると、コンコンと、ドアがノックされる音が響いた。

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