極彩色の世界事件 問題編⑦
そうして、多少の遠回りを経て、ようやく僕らはその場所へ辿り着く。
そろそろ日も暮れ始めるかという頃、駅前の広場まで来て、空先輩は目を見開いた。
「ここだ……」
「えっ? ほんとですか? 魔法を見せてもらったって言う場所?」
「ああ、間違いない」
空先輩は放心したようにふらふらと、広場の中央に屹立している高い木へと接近する。
炎天下で疲労も限界に達しようとしていた僕も、同じようにふらふらと空先輩の後を追った。
ここは本当に駅の目の前、僕らが出たのが裏口だとすればこちらはいわば正門のような場所で、乗って来た電車の出口が違えば真っ先にこの場所に辿り着けていたのだなと若干後悔する。まあ、今日は楽しかったので良しとするが。
そんなことを考えながら、広場中央の大木の下に辿り着く。空先輩はじっとそれを見上げた。
一方の僕は、初めて来る広場をグルリと見回してみた。
周囲を巨大な駅舎やガラス張りのビル、デパートに囲まれているこの場所は、文明が作った生簀のようだった。
生簀に放り込まれた人間の中には、のんびりと歩いたり立ち止まったりする者も散見される。
広場は文明的な無機質をあまり感じさせず、洒落た石畳の上に等間隔に樹木が配置されている様子は、文明と自然の小さな融合を感じさせた。
この場で一番目を引くのは。間違いなく空先輩が見上げている木だ。他の樹木は人の背丈を少し越すくらいなのに、その木だけは人間より何倍も大きく聳え立っていた。とはいえビル街のような威圧的なものは感じず、むしろ広がった葉は僕らを日光から守る盾のように思える。
憩いの場、というのはこういう場所のことを言うのだろう。
そして、空先輩にとっては思い出の場所か。
先輩はここで何を思い出すのだろうか。魔法の真相? それとも、謎を解く重要な手がかり? 更に謎を増やされても困るが、まあ、謎が増えても解いてしまえばいい。空先輩ならきっとできるだろう。
そんな風に期待していたから、振り返った空先輩の声には違和感を覚えた。
「……キュラ君」
空先輩は固い声で僕のあだ名を呼んだ。
「え、空先輩? どうしました?」
先ほどまで上機嫌だったのに、打って変わって空先輩は落胆を滲ませている。
「もしかして、勘違いだったとか? 別の場所でした?」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなくて……」
「……じゃあ、どうしたんですか?」
努めておかしげに振る舞おうとするも、先輩に引っ張られてつい僕も緊張してしまった。
あまりにも直截的な言い方をしすぎたと後悔するも、既に尋ねてしまった後で。
空先輩は、自分に失望しきった声音で呟いた。
「何も思い出せない。覚えている部分が多少鮮明になった以外に」
「それは……」
先輩の言わんとすることを察して、僕も戸惑った。
実のところ、この場所は最大の希望であると同時に、最後の希望でもあったのだ。
空先輩の記憶の中で、魔法使いさんと縁のある印象的な場所といえば、出会いの場か魔法を見せられた場所くらいしかない。前者は既に発見済み。そして後者が今いる場所。
これ以上インパクトがある場所、つまり空先輩の記憶に残っていそうな場所は、おそらく他にない。ここで何も思い出せないとなると、他にどこなら思い出せるというのか。
帽子のときのように、奇跡的に思い出すことに期待する? それともこの広大な街をアテもなく歩いて何かを探す? どちらも雲を掴もうとするような努力に等しい。
僕らが今日一日歩き回ったのは、空先輩の思い出の地を探すという目的を持っていたからだ。目的地が明確ではなかったとはいえ、候補を絞り、そこを目指して進んでいた。しかし本当の意味で目的を失ったまま彷徨って、果たして調査など進展するものなのか。
……僕らは、真実への道しるべを見失ってしまった。
空先輩はそれに気づき、こうまで落胆しているんだ。
それを悟っても、僕にはどうすることもできなかった。
十分近く粘ってみても、結局空先輩は何も思い出せなかった。
感傷はあるはずなのに、記憶は呼び起こされない。人間の頭脳は実にいい加減なものだ。
ふとした拍子に何かを思い出すこともあるし、何をしても思い出せないこともある。
「……仕方ない。今日はもう帰ろうか、キュラ君」
空先輩は落胆を隠さずにそう切り出した。
「ああ、はい、そうしましょうか」
うまい慰めの言葉が見つからなかった僕は、それに乗っかった。
駅に入って、帰りの電車が出るホームを探す。その辺に掲示板でもないかと首を巡らせると、ふと一枚のポスターが目に入った。
夏祭りのポスターで、開催日は今日。開催場所はここではないが、電車で移動すればすぐに辿り着くような距離だ。
「空先輩、この後何か用事ってありますか?」
「うん? いや、特には」
「なら、これ行ってみません? ほら、ちょうど今日やってるらしいですし」
先輩の気晴らしになるならと提案してみる。祭囃子でも聞いていれば、鬱々とした気分も幾分か晴れることだろう。
空先輩は突然の提案に目を瞬かせたが、やがて小さく笑みを浮かべた。
「まあ、キュラ君が行きたいなら私もついていくよ。今日は一日、私の都合で連れ回したわけだからね」
「ありがとうございます」
空先輩なりの気遣いなのか照れ隠しかは知らないが、了承がもらえてほっとする。
祭りなんて気分じゃないとか言われたら、こっちが空気読めないヤツになるところだった。
というわけで、僕らは急遽お出かけを延長、夏祭りへ足を運ぶことに相成ったのだった。
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