極彩色の世界事件 問題編⑥

 お昼休憩を挟んで午後の探索は、気温もいっそう増してくる地獄っぷりだったが、空先輩がくれた帽子のおかげで相殺――いやむしろ午前よりマシな状態だと言えた。

 一時間ほどして、最初に探索した場所から駅を挟んで反対側まで辿り着く頃、空先輩が不意に立ち止まった。


「空先輩、どうしました?」

「いや、ここ……」


 空先輩は来た道を少し戻り、近くの建造物や交差点の様子を確かめる。

 そして満足したのか、一人で小さく頷いた。


「見覚えがある」

「ほんとですか?」

「ああ……こっちだ」


 空先輩が早足になる。僕もそれを追いかけ、歩調を速めた。

 迷いなく進む空先輩は、間もなくとある銀行の前で立ち止まった。


「ここだ……」


 感慨深げに空先輩が呟く。


「魔法使いさんが魔法を使った場所ですか?」

「いや、あのお姉さんと初めて会った場所だよ。魔法を見せてくれたのは、少し移動した後だ」


 答える先輩の声は心ここにあらずといった感じで、既に遠い過去へと旅立ったようだった。

 僕は邪魔してはいけないと思い、その様子を無言で見守る。

 やがて、空先輩は緊張をほぐすように、ほぅと息を吐いた。


「何か思い出せましたか?」

「ああ。この場所の記憶じゃないけれど、さっきの続きをね」


 再び、空先輩は思い出された過去を語る。



――――――――――――――


《過去の記憶》

「それ、空ちゃんにあげる」

「えっ、いいの!」


 帽子をもらった私は、喜んで飛び跳ねた。その拍子に、帽子が大きくズレる。


「あーあー。空ちゃん、ちょっと待って。帽子直してあげるから」

「うん!」


 私はピタリと動きを停止させる。

 そこへお姉さんの手が伸びてきて、三角帽子を右へ左へと調節する。

 その途中、お姉さんが「ん?」と声を上げた。


「空ちゃん、もうちょっとじっとしててね?」

「ん!」


 私はお姉さんの言葉に忠実に従った。手持ち無沙汰だったので、私は極彩色の世界のキラキラを目で追い始めた。

 帽子を調整するために屈んでいたお姉さんは、体を前傾させて私の目の前に顔を寄せてくる。そしてコツンと額を合わせられた。

 お姉さんは「んー」と悩む素振りを見せてから、私から離れる。


「空ちゃん、熱ある?」

「え? ううん、平気!」


 元気さをアピールしようと、煌びやかな光の中で一回転してみたら、よろけて転びかけた。寸前でお姉さんに受け止められたから、私は無事だったけれど。

 お姉さんの心配そうな視線が、妙に印象的だった。



――――――――――――――



 話を聞き終え、終わり方の中途半端さに疑問を覚えた。


「先輩、結局熱ってあったんですか?」

「いや、どうだろうね……その辺りはよく覚えていないよ」


 空先輩が小さく左右に首を振る。


「あくまでも私は、あの日を魔法使いに出会った日として記憶していたからね。それ以外のことは、かなり記憶からこぼれ落ちてしまった」

「ああ、まあそうですよね」


 記憶というのはそこまで便利なものではない。印象的な部分以外は、時が経つにつれて簡単に劣化してしまう。僕だって、小学校の遠足の記憶は辛うじて残っていても、細部を思い出せとなると難しい。


「だけど、順調に思い出せてますね。午前中のグダグダが嘘だったみたいに」

「そうだね。この調子で行けば、謎解きなんてせずとも全部を思い出せるかもしれない」


 空先輩の声はどことなく上機嫌に聞こえた。


「とりあえずは、魔法を実際に見た場所に期待するとしよう。そこに行くのが、一番思い出すのによさそうだ」

「ですね。で、どの辺りかわかります?」

「どれだけ歩いたかあまり覚えていないのだけれど……現実的に考えて、迷子をそんな遠くまで連れ回すはずもないからね。この近くだとは思うよ」

「なるほど。この近くに、マークしてた候補地ってあったりします?」

「えっと……」


 空先輩が地図を取り出して答える。


「いくつか。駅前広場と、駅から少し歩いたところだ。まあ駅前は帰りにでも確認できるから、離れた部分から回ろう」

「ですね」


 これでだいぶ候補地も絞れた。空先輩が魔法を見たという場所ももうすぐ見つかるだろう。

 数日がかりになると思っていたが、案外今日中に終わらせられそうだ。

 僕らはそうやって楽観し、軽い足取りで次なる目的地を目指すのだった。

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