極彩色の世界事件 問題編⑤

 数時間でバテた。


「やっぱりキュラ君は、ドラキュラ病とかそういうのにかかってたりするのかい?」

「そんな病気、ないですってば……」


 息も絶え絶えに答える。


「いやでも、案外あり得るかもしれないよ。メンタルの変化が体に影響を及ぼすことは珍しくないからね。私が超常的な雰囲気に当てられやすいのもそうだし、医学的にもプラシーボ効果とか幻肢痛とか、他にも雑多な心身症とか、思い込みやストレスが原因とされるものは多い」

「あー、今長い解説は頭に入らないですー」


 だらしなく語尾を伸ばして空先輩の話を適当に流す。

 その辺のデパートに入って、冷房のかかった店内のベンチで休んでいるが、まだ意識がふにゃふにゃしている。


「すみません、探索中断させちゃって……」

「元々キュラ君がこうなるのはわかってて連れてきたんだから、言いっこなしだよ。それに、そこそこ調査は進んだだろう?」

「まあ、そうですね。収穫ゼロでなければ完璧でしたけど」

「現実はなかなか、うまくいかないものだね」


 空先輩が肩をすくめる。

 この数時間で広い公園やちょっとした広場を巡ってみたりしたが、空先輩によると見覚えのない景色ばかりだったらしい。街並みに関しても同じくで、ピンときた建物なんかもなかったらしい。

 この駅の名前は周辺の有名なランドマークから割り出されたものなので、駅自体が間違っているということはないはずだ。ということは、おそらく駅から進むべき方角を間違えたのだ。

 空先輩がリストアップしてきた候補地は割かし多く、この調子では全部回り切れるかどうか怪しい。時間が惜しいのに、自分から同行を申し出た僕が足を引っ張ってどうするんだ。


「まあいい感じの時間だから、キュラ君が回復し次第、ここで昼食を取るとしようか」

「はい、わかりました……」


 デパートならフードコートか飲食店のエリアがあるだろう。食べる物には困らないはずだ。


「はぁ」


 ため息が一つこぼれる。自分自身とか不運とか、色々なものに対する不満が籠ったため息だった。

 そんな僕をじっと見ていた空先輩は、不意に僕に背を向けた。


「……キュラ君、ちょっとここで待っていてくれるかい?」

「え? あ、はい」


 僕が返事をするなり、空先輩はさっさとどこかへ行ってしまう。

 怒らせてしまったのだろうか。まさかここに置き去りにされるとは思わないが。

 とはいえ、単にお手洗いに行ってくるという様子でもなかったし……

 これは失敗したかもしれないと、僕は自責の念に駆られるのだった。


 そして待つこと十分弱。顔を俯かせて休んでいたわけだが、不意に誰かの接近を感じて顔を上げた。

 すると、ポスッと頭に何かが被せられる。

 目の前には、突然僕が顔を上げたせいか少し驚いた様子の空先輩がいた。

 何が起きたのか把握するのに時間を要しながら、頭を緩く締め付けられる感覚と、視界に差した影でようやく全てを理解する。


「ん? 空先輩、これどうしたんですか?」


 僕の頭には、どうやら帽子が被せられているようだった。もちろん魔法使いのとんがり帽子ではなく、前だけに鍔が突き出した野球帽的なやつだ。

 その辺で拾うようなものではないはずだが、と空先輩を見るが、空先輩はなにやら放心した様子だった。


「先輩?」

「え? あ、ああ」


 もう一度名を呼ぶと、空先輩が再起動する。


「それがあれば、多少は日差しもマシになるだろうと思って。まあ、今回の件につき合わせたお礼だと思ってくれればいいよ。安物だけどね」

「えっ、いやお礼とかいいですから。そもそも僕がたった今足引っ張ってる最中なわけですし」

「いやいや。キュラ君がいなかったら、そもそも向き合う決心もつかなかったんだよ。だからまあ、遠慮なく受け取ってくれ」

「……わかりました」


 色々言いたいことはあったが、押し問答になることは目に見えていたため呑み込んだ。

 僕も以前はこういう帽子を被っていたのだが、いつの間にか失くしてそれっきりだった。だから、もらえるなら嬉しいというのは事実だ。


「それより、キュラ君」


 空先輩は自然な動きで僕の隣に座りながら、自分のトートバッグを漁る。


「なんですか?」

「いや、ちょっとこれを私に被せてみてくれないかい?」


 そう言って、空先輩はトートバッグの中から例のとんがり帽子を取り出す。


「そんなもの持って来てたんですか?」

「まあね。過去との決別を望むなら、必要になるかと思って」

「……空先輩が変なのは今に始まったことじゃないのでいいですけど。で、それを空先輩に被せろっていうのはどういうことですか?」

「いいから。ほら」


 空先輩は僕にとんがり帽子を押し付けてくる。

 仕方なくそれを受け取り、空先輩に向き直った。

 帽子をかぶせるにはそこそこ接近しないといけないから、なんだか気恥ずかしい。

 ただそれを空先輩に看破されても癪だったので、なんでもない風を装いながら、僕はとんがり帽子を空先輩にポスッと被せた。

 これで何が起きるのだろうか。まさか帽子の中から鳩が出てきたりはしないと思うが。


「……やっぱり、そうか」


 空先輩が呟く。その意味がわからず、僕は首を傾げた。


「何がやっぱりなんですか?」

「いや、さっきキュラ君に帽子を被せたときにピンと来てね。昔、こんなことがあったと」

「えっ、それじゃあ?」


 少しだけ期待を込めて尋ねる。空先輩は小さく頷いた。


「ああ。少しだけ、思い出したよ」


 そして空先輩は過去を語る。



―――――――――――――――


《過去の記憶》


「お姉さんは、魔法使いなの?」


 極彩色の世界を目にした私は、興奮してお姉さんに尋ねる。


「ええ。あなたみたいに困っている子を、助けてあげるのが仕事なの」


 お姉さんは私の頭を撫でて笑いかけ、何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。

 お姉さんは鞄の中を探り、そこから三角の帽子を私に被せてくれる。


「これ、魔法使いの帽子?」

「んー、まあね。空を飛ぶ人が被る帽子。空ちゃんにピッタリでしょ?」

「空……」


 箒に乗って自在に空を駆ける魔法使いを思い浮かべながら、私は空を見上げてみる。残念ながら飛んでいる人は発見できなかった。


「それ、空ちゃんにあげる」

「えっ、いいの!」


 それを聞き、私は喜んだ。魔法使いの証を手に入れたような気がして。

 自分にも魔法が使えるだろうかと、私は秘められた力に期待したのだった。



―――――――――――――――



「ということがあった、はずだ」

「なるほど?」


 話を聞き終えて、一つ強烈に気になった。


「空先輩、この前聞いた話だと、魔法使いさんって格好自体は普通だったんですよね?」

「たぶんね。それが?」

「三角の帽子をくれたって……なんでその人、魔法使いの帽子なんて持ち歩いてるんですか?」


 ハロウィンならともかく、普通の人が夏の暑い日にそんなものを持ち歩くわけないだろうに。そんなことをするのは、たった今僕の目の前にいる人くらいだ。

 それとも、そういう職業だったとか? マジシャンのシルクハットならともかく、魔女の帽子を持ち歩く職業とはなんぞや。


「さぁ? 私もそれはよくわからないよ」


 まあそれはそうだろう。そうだろうけれども。


「一つ思い出して、また一つ謎増やしてどうするんですか……」

「いやぁ、ははは」


 空先輩がわざとらしい乾いた笑みを見せる。


「ちなみにその貰った帽子、どうなったんですか?」

「ん? それは……ああ、思い出した。そうだ。帰りには持ってなかったんだ。それでとても残念がった記憶がある」

「両親と合流するまでに失くしたってことですか?」

「そうだね」


 空先輩が頷く。となると、魔法使いさんが使ったという転移の魔法か飛行の魔法――正確にはそう錯覚させた何かが、幼き日の先輩から帽子を奪ってしまったのだろうか。

 ……果たして空先輩が思い出したこの記憶は、何かのヒントたり得るのか。僕には活用方法が全く見当たらない。むしろ謎を一つ増やしただけではないのか。


「…………」


 空先輩は、とんがり帽子の鍔を引っ張りながら何やら考えている。

 しばらくして、空先輩は帽子を引っ張るのをやめた。

 そして、こう呟く。


「しっくりこない……」

「何がですか?」

「帽子。なんというかな。今思い出すと、なんだかこの帽子はしっくりこないんだ」

「しっくりこない?」


 妙な発言だ。その帽子は今や、魔法部の空先輩のトレードマークだろうに。

 それがしっくりこないなら、他に何ならいいというのか。

 空先輩も自分がそう思った理由が不明らしく、僕が回復して移動できるようになるまで、絶えず首を傾げているのだった。

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