極彩色の世界事件 解答編③
「でも待ってくれ。確かにサンタ帽は、クリスマスパーティーでもあれば持ち運んでいてもおかしくない。けれど私があのお姉さんと会ったのは夏だ。クリスマスの季節じゃない。それなのにお姉さんは、偶然サンタ帽を持ち歩いていて私に被せたと?」
当然ながら、聡明な空先輩は反論を逃さない。
先輩の言う通り、夏なのにサンタ帽を持ち歩いている人は普通いないだろう。
では、それが起きる場合はどういう場合か。普通じゃない何かがあったときか? そんなの、ここでいくら議論を尽くしたところで妄想にしかならない。
ならば、どういうことか。
「空先輩。それこそ、先輩が引っかかったもう一つの叙述トリックなんです」
「えっ?」
「つまりですね、前提が間違っているんです。夏にサンタ帽を持ち歩いているはずがない。それは事実ですけど、冬にサンタ帽を持ち歩いているなら何の違和感もないはずです」
僕は自信を持ってそう断言した。
空先輩は呆気にとられたような表情をして、その後小さく首を振る。
「いや、あり得ないよ。言っただろう? その日は暑い日だったんだ。これだけはちゃんと覚えている。冬の話なんかじゃないはずだ」
「いいえ。空先輩は、その日が暑かったという印象を覚えているだけでしょう? 夏だったかどうか、はっきり覚えているわけじゃないはずです」
最初に話をしてくれたとき、季節感ははっきりしていないと空先輩は言っていた。夏であることを直接覚えているわけではないのだ。
そこに、叙述トリックが滑り込む余地がある。
「つまりキュラ君はこう言いたいのかい? 出かけたのは冬だったけれど、厚着しすぎていたから暑く感じていたのだと。そんなの、一日中放置するわけないだろう? 厚着していたなら、着ている服を減らせば済む話だ」
「そうですね。でも僕が考えているのは、厚着してたから暑く感じたってわけじゃないんですよ」
そんな単純な話ではないのだ。
「そもそも空先輩、普通に考えておかしくないですか? 季節も覚えていないのに、その日が暑かったか寒かったか覚えてるなんてことあります?」
普通はない。気温の情報なんて、日が経てばあっさり忘れてしまうものだ。
ではその日が暑かったというのは、空先輩の覚え違いか? そう決めつけるのは早計だ。
「強く記憶に残るっていうのは、それだけ印象深い出来事だったってことです。つまり、空先輩が暑いと感じていたのには何か特別な理由があって、そのせいでそれを覚えていたんじゃないですか?」
「特別な理由?」
僕の言葉を聞いて、空先輩が考え出す。それを待たずに、僕は答えを口にした。
「空先輩、熱出してましたよね。それが風邪をひいているせいだったら、温度感覚が狂って、冬なのに暑く感じることもあり得ます。で、そのギャップは、子供からしたら相当印象的だったはずです。そのせいで、強く記憶に残ったんじゃないですか?」
「…………」
空先輩は否定を返さない。ただ黙り込んで、そのまま何か考えている。
やがて、ポツリと言った。震えた声で。
「……うん、筋は通っていると思うよ。でも、確たる証拠はないだろう? その日が本当に冬だったと示す証拠でもない限り、私は認められそうにない」
空先輩はとんがり帽子の鍔をぎゅっと握る。
その仕草にはいかなる感情が込められているのか、いくつか想像はあっても、僕には読み取れなかった。
このまま証拠を提示できなければどうなるのだろう。
結論を信じられない空先輩は、魔法の世界への未練を引きずることになるだろう。中途半端に謎を解かれて穢された幻想に、先輩は何を思うのか。
これまで通りに、いい感情を抱くことはできないだろう。
だから、もし……空先輩が謎を解かれてしまうことを惜しんでいるのだとしても。魔法が解けてしまうことを嘆いているのだとしても、僕は終わらせなくてはならないんだ。
「証拠なら、ありますよ」
僕がそう言うと、空先輩はピクリと肩を跳ねさせた。
その様子を無視して、無神経にも僕は最後の証拠を突きつける。
「空先輩がおぶさったとき、顔に当たってたっていうふわふわの感触。服の装飾だとしても、夏にそんな装飾がついた服を着ている人はいません。暑いですからね。でも冬なら……例えばコートのファーなんかは、おぶされば、ちょうど顔の位置に来るんじゃないですか?」
「…………」
「それが証拠には、なりませんか?」
僕が空先輩に綿あめを渡したのは、冬といえばふわふわした服を着ている人が多いから、それで何かを思い出さないかと期待してのことだ。その目論見は見事に命中し、こうして真実は月明かりの下に晒された。
僕の問いかけに、空先輩は無言だった。ただ何かを堪えるように顔を俯けている。
そんな空先輩に、僕は最後の推理を語る。
「舞台が冬だったなら、これで光の魔法の謎も解けます。空先輩が見たのは、やっぱりイルミネーションだったんですよ。魔法使いさんはそれを見に来てたんじゃないでしょうか。だから点灯時刻を知っていて、時間に合わせて空先輩に合図をしてみせた」
イルミネーションのことを何も知らなければ、それは魔法使いさんの仕業に見えるだろう。
「それが、魔法使いさんが使った光の魔法の正体です」
たぶんとも、おそらくとも言わず、僕は断言した。
全てを語り終え、小さく息を吐く。
祭囃子が再び耳に入るようになり、僕はようやく過去への旅を終えたような気分を味わった。
スマホで現在の時間を確認してみる。当然ながら、僕らが話し込んでいた分だけ時間は進んでいた。
過去を見つめる時間は終わりだ。僕らはこれから、今を見て生きていかなくてはならない。
魔法なんて実在しなくて、魔法を信じるなど馬鹿げたことだと笑い飛ばされる、この現実で。
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