ヨモツヘグイ事件 問題編②
「聞きなさい、空! 私たちのオカルト研究部に死霊が現れたわ!」
ビシッと指を突きつけて宣下する茅野さんに、空先輩はなおも極寒の眼差しを向けている。
「盛り塩が欲しいなら家庭科室に行ってくれないかな」
「そうじゃなくて! あなた、今も魔法の事件を解いて回っているんでしょう?」
「まあ、そうだけれど。どうしてそれを?」
「結構噂になってるわよ。去年と同じく、今年も魔法部の魔女が事件に首を突っ込んでるって」
「あの噂、まだ広がっているのか」
もう聞きすぎて辟易している、と空先輩は言外に仄めかす。
それを聞いて、少しだけ引っかかる記憶があった。
「ん? それって、この学校の不思議は魔法部の魔女が裏で糸を引いているって話ですか?」
「はぁ。そうだよ、キュラ君。私が事件に首を突っ込んでいるという噂に、面白おかしい尾びれ背びれその他あるはずのないヒレまでくっついて、そういう噂になっているんだ」
特に魔女扱いはいただけないね、と空先輩は不満をこぼす。
全ての黒幕扱いはいいのか、などと下らないことを考えていると、茅野さんの視線がこちらへ向く。
睨みつけてくる茅野さんの視線には、今話しているのは私なのだから黙っていろ、という色がありありと浮かんでいた。
「ともかく、あなたが事件に首を突っ込んでるのは事実でしょう?」
「私は事件を解決しているのであって、事件を起こしているわけではないけれどね」
「知ってるわよ、それくらい。去年もそうだったでしょう」
「ああ、そうだったね。――そういえばキュラ君」
「えっ?」
茅野さんに睨まれるのは御免だったため静観の構えを取っていた僕は、まさか呼ばれるとは思っておらず反応が遅れた。
「ああ、はい。なんですか?」
「いや、紹介が遅れたと思ってね。そこの胡散臭い女はオカルト研究部の部長、二年の茅野だ。去年私にちょっとした勝負を挑んできて、まあ返り討ちにした」
「ちょっとした勝負って?」
「オカ研がUMAを見つけたと騒いで、茅野が自慢――というか、偽物だと証明できるかと挑発してきたから、まあ……ちょっとね。コテンパンに論破してしまった」
「酷いことしますね……」
魔法など本当は存在しないというスタンスを空先輩が取っているのは知っているが、多少の夢にひたらせてやるのも優しさだろうに。少なくともコテンパンに論破するのはやりすぎだ。
「まあ、あれは私もやり方が悪かったと反省しているよ」
「ど、同情なんていらないわよ!」
などと、同情を誘うような声音で茅野さんは言った。残念ながら説得力はない。
「前回はたまたま偽物を掴まされたけれど、今回は本物よ! 何せ、人間には絶対に不可能なことをしでかしたんだから!」
「へぇ。何をしたんだい?」
特に期待の籠っていない声で空先輩が尋ねる。どうせ何かの見間違いだろう、と考えているのがよくわかる表情だ。
その態度にも臆さず、茅野さんは自信満々にこう言い放った。
「降霊術のために用意した饅頭が消失したわ」
「それは誰かが食べただけじゃ――」
「そうじゃないわ。鍵をかけた小箱に閉じ込めて、部室の中に箱ごと隠した饅頭が、跡形もなく消えていたの。それも、施錠された状態の部屋でね」
「……へぇ?」
空先輩が、ここで初めて表情を変える。本に栞を挟むと、パタリと音を立ててそれを閉じた。
「それは本当だろうね?」
「ええ。しかも、こんなものまで事前に送り付けられたわ」
茅野さんが一枚の紙を空先輩に手渡す。空先輩は、それを僕にも見えるように広げてくれた。
そこには、妙に震えた字でこう書かれていた。
―――――――――――――――
これより私の饅頭を食べに行く
黄泉比良坂
―――――――――――――――
これは、まさか……ややオーソドックスな文言から外れているけれど、間違いない。
「予告状?」
「怪盗とは書いていないけれど、まあ予告状で間違いないだろうね」
となるとこの事件は……開かずの金庫破り、密室破り、予告犯罪の三要素を備えた事件?
そんなの、王道ミステリーの欲張りセットじゃないか。いやまあ金庫破りはどちらかといえば怪盗ものの王道だけれど。密室と予告犯罪なんて、ミステリー好きにとってはまさに垂涎もの。これほど心躍る謎もなかなかない。
「空先輩」
期待を込めて名前を呼んでみる。
「なぜ君の方がやる気になっているのかな……」
空先輩にジトっとした目で見られるが、今だけは無視する。こんな謎を前にして見て見ぬフリをするなど、ミステリーファンとして許容してはいけない。
そんな僕の思いが通じたのか、あるいは何か別の理由でもあったのか。
先輩はわざとらしく、一つため息を吐いてみせる。
「はぁ、仕方ない。可愛げのない後輩の頼みを聞いてあげるのも、先輩の役目ということにしておこうか」
「ということは?」
「茅野、詳しい話を聞かせてくれ」
空先輩がちょっとだけ真剣さを覗かせる。
その言葉を聞いて、奇しくも僕と茅野さんは、似たような表情を浮かべるのだった。
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