祟られた写真部事件 問題編⑧
緒方さんが提示した写真の中。
ボロボロで所々錆びた檻に、狐が一匹閉じ込められている。檻は飼育用のものではなく、トラップとして用いられるもののように見えた。背景は学校からほど近い林の中のようだ。
「捕まったまま放置されてて、弱ってたから連れてきたって。それで、写真部でこっそりお世話してたんです」
「その狐、今は?」
「あっ。そろそろ元気になってきたみたいだから、今日にも開放してあげようって今朝アヤちゃんと話し合ったんですけど。アヤちゃんが倒れちゃって、今まで忘れてました。アヤちゃん、先週までは可愛いからずっと写真部で飼ってたいとか言ってたんですけどね」
「ちょっと、オガ」
クスリと笑いながらこぼれ話を披露する緒方さんに、綾瀬さんが唇を尖らせて抗議する。恥ずかしかったのだろうか。
「…………」
空先輩はその話を聞いて、何やら思索に耽りだす。何か不審な点でもあっただろうか。
檻の錆び具合から考えるに、おそらく誰かが不法投棄でもして相当長く放置されたものだ。仕掛けられた罠を勝手に持ち去るのは違法だろうが、放置されたものならまあ大きな問題にはならないはずだ。
偶然罠にかかり、弱っていた動物がいたから保護し、世話した。それをこれから解放しようとしている。ただそれだけの話だ。空先輩はその何に引っかかっている?
強いて疑問点を挙げるなら、何の工夫もないトラップに引っかかるほど野生動物は間抜けだろうか、というくらいだ。
「この狐、綾瀬さんには懐いているかい?」
「……いいえ。というか写真部全員、警戒されてるみたいです」
綾瀬さんの返答の声は若干硬い。保護して世話したのに、懐かなかったのが不満だったのだろうか。
「…………」
空先輩は更に考え込む素振りを見せる。先輩が何に引っかかっているのか、僕には窺い知ることができない。
「とりあえず一度話を戻して、確認させてほしい。綾瀬さん、君が倒れた原因は身体的なものかい? それとも、精神的なもの? 身体的なものなら、今すぐ病院に行って検査してもらった方がいいと私は思うけれど。脳とかに問題があっては大変だからね」
「いえ……たぶん、精神的な方なので大丈夫です」
「えっ。アヤちゃん、何か悩んでたの?」
話を聞いていた緒方さんが、綾瀬さんに顔を寄せる。
「言ってよ! わたしでよければ話くらい聞くのに!」
「いや、その、大したことじゃないから」
綾瀬さんは明らかに取り繕いながら答えた。緒方さんの顔がどことなくしょんぼりしたようになる。
……僕らの前では話せないか、それとも友達にも話せないようなことか。
「まあ個人的な事情を僕らが聞くのは、マナー違反だろうね……」
「先輩、そういう意識あったんですね」
「キュラ君がどういう風に私を見ているか、たまに疑問に思うのだけれど」
「少なくとも後輩にポテチ取らせるのはマナー違反です」
「まぁまぁ。キュラ君と私の仲じゃないか」
「…………」
それに嫌気が差して一時期は部活を辞めたいと思っていた、と打ち明けたらどうなるだろうか。まあたぶん、空先輩を傷つけるだけにしかならないので、僕は口を閉ざしておいた。
今ならまあ、仕方のない先輩だなぁということで納得している。
そこでふと、ここにいる四人以外の声が保健室の入り口から聞こえてきた。
「あれっ、先生いない?」
「ミカちゃん、とりあえず氷袋作るからそこ座って」
「う、うん……」
どうやら保健室の利用客がやって来たらしい。となるとそろそろ居座るのも限界か。
「おっと。そろそろ退散した方がよさそうだね。それじゃあ私たちは――ああそうだ」
立ち去りかけた先輩が、思い出したように言う。
「個人的な質問で悪いのだけれど。そういえばこの後、魔法部の活動で神社に行く予定なんだ」
「えっ?」
疑問を呈したら、空先輩に軽く足を踏まれた。黙っていろということらしい。
「ただ私は電車通学だから、この辺りの地理に疎くてね」
嘘だ。空先輩は徒歩通学で、しかも家はすぐ近くと以前に自慢していたはずだ。
そんな嘘を吐いてまで、空先輩は何を聞こうとしているのだろうか。
「二人とも、この辺りの稲荷神社に心当たりはないかい? 狐の像があるやつだ」
「えっと……あっ! それなら、アヤちゃんがいつもジョギングで通るコースに、そういう神社があるらしいですけど。だよね?」
緒方さんが綾瀬さんの顔を覗き込む。綾瀬さんはどうしてか渋面を作って空先輩を見ていた。
「うん、まあ」
「その場所、教えてもらえるかい?」
「でもあそこ……ほとんど人が来ないから、今の時期は雑草とかすごいことになってますよ」
「ああ、むしろ好都合だよ。その方が色々と調査もしやすい」
「…………」
綾瀬さんはなおも渋面のままで、空先輩にその神社の位置を教えた。
「わかった、ありがとう。それじゃあ私たちは失礼するよ」
先輩がカーテンを開いて出ていく。僕も二人に会釈をしてから、その先輩の背に続いた。
僕らを見送る綾瀬さんの、睨めつけるような視線が妙に印象的だった。
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