ヨモツヘグイ事件 問題編⑥

「空先輩、何かわかりました?」

「……まだ考え中だから、なんとも言えないかな」


 それもそうか。いくら空先輩でも、聞いてすぐの話を全て整理するのは大変だろう。

 前回の事件は閃きがものを言うタイプの謎だったが、今回は完璧なはずの対策の隙間を突くロジックが求められる謎だ。その分、思考にも時間はかかる。


「とりあえず、細かい穴を探してみよう。茅野が出ていっている間、誰か小箱に触ったかい?」


 先輩の問いに名乗り出る者はいない。


「では、誰も小箱に触っていないと証言できるかい?」


 こちらも同じく、誰も名乗り出ない。


「自分ら、確かに席には座ってましたけども、普通にトイレ行ったりよそ見したりしてたんで。その間に触ったかどうかはわかんねぇっす」


 剣持君が律儀にも答えてくれる。


「饅頭をこっそり取り出せる時間は全員にあったと思うかい?」

「そうっすね。あったと思います」

「なるほどね」


 つまり、茅野さん以外は饅頭のすり替え自体は可能だったと。ただし単純に饅頭を抜き去った可能性は、箱を閉じた後に振ってみた感触で否定される。施錠時の中身が包み紙だけなら、質量体の感触なんてしないだろう。


「次は、そうだね。桑原君、箱の隠し場所はどこだったんだい?」

「え? ああ、そこです」


 桑原君が部屋の一角、呪術道具と思しきものが乱雑に収められた収納ボックスを指す。


「どうしてその場所を?」

「いや、いざ隠せって言われても、この部屋あんまり隠すところなかったんですよ。だから、目に付いたあそこに」

「ふむ」


 空先輩が部室内に視線を巡らせる。僕も部室内を見てみると、確かにあまり小箱を隠せそうな場所はなかった。この部屋には引き出しのついた棚などもなく、ほとんどのものは開放的な本棚やガラス棚に収められ、死角も少ない。

 他に隠し場所になりそうな場所はといえば、ジャンルごとに分けられた収納ボックスのうち、呪術道具とは別の箱を選ぶくらいしかないだろう。


「君が隠している間、他の部員はどうしていた?」

「部屋の外に出てましたよ。見てたら意味ないって話でしたし」


 どうやらそこに手抜かりはないらしい。

 隠し場所が少ないというのはどうにも引っかかるが、まあやらないよりマシ、くらいの心持だろうか。


「……次は南京錠の件について聞きたいかな。桐生さん、南京錠の番号はなんだったのか、教えてもらえるかな?」

「ああ、はい。7033です」


 桐生さんは淀みなく答える。

 七千番台なら、ゼロから総当たりで試せば膨大な時間がかかってしまうことだろう。逆から総当たりを試みたとしても、それ相応の時間はかかる。


「それは何か、他の部員に推測可能な番号だったりするのかな」

「いえ……私の中三の出席番号の逆さ読みなので。たぶん誰もわからないと思いますけど……」

「そのパスワード、使い回したりは?」

「していないです」

「同じ中学出身の部員は?」

「剣持君がそうだったと思いますけど……」

「まあ学年が違う相手の出席番号を把握しているはずもない、か」

「はい。中学のときは知り合ってもいなかったので……」


 空先輩が剣持君に視線を送ると、彼は頷いた。どうやら南京錠のパスワード自体に、セキュリティの欠陥は見受けられないらしい。


 ――これまでの情報を整理すると、こういうことになる。

 犯人は自らを黄泉比良坂と名乗り、事件のシナリオを考えれば、おそらくそれは黄泉竈食を暗示させる名前として犯人が設定したものだ。

 饅頭は施錠時に箱に入っていなかった可能性があるが、少なくとも施錠時箱に入っていた何かの質量体は、開錠時には消滅していた。

 部室の鍵は職員室から盗難でもしない限り、茅野さんが部活のために借りた以外は持ち出しされていない。

 隠し場所は部員には容易に推測できた可能性があるが、一応の保険にはなっている。

 南京錠のナンバーロックは推測することもほぼ不可能で、総当たりも無謀な試み。


 犯人を阻む大きな障害は未だほとんど健在で、これはいよいよ人間には不可能だと、超常的な存在に縋りたくなってくる。

 幽霊なら壁をすり抜けるくらいわけないだろうし、ポルターガイスト現象は幽霊が起こしているという話を信じるのなら、幽霊にも物理干渉は可能なのだろう――と、結論づけたくなる。

 しかし、それはあり得ないのだ。この世界には魔法など実在していなくて、いくらオカ研の部室が不気味だろうと幽霊などやって来ず、全ては幽霊を信ずる者の幻想にすぎない。

 僕は以前の事件で、そう学んだはずだ。


「…………」


 その信条を掲げる大元である空先輩は、静かに目を閉じて思考を巡らせている。

 皆、名探偵の次の行動を待っている。

 どうにもならないと匙を投げるのか、それともたった今から犯人の喉元に真実の刃を突きつけるのか。

 しかし続く空先輩の行動は、そのどちらでもなかった。


「それじゃあ、最後に一ついいかな」


 これまでずっと何かに頭を悩ませている風だった先輩が、ポツリと呟く。


「最後? 何かしら」

「昨日、誰か水筒を持ってきたかい?」


 その質問に、意味がわからないとオカ研の面々が顔を見合わせる。


「まあ、俺は持ってましたけど」

「自分も」

「わ、私も持ってました……」

「私は持ってなかったけど」


 イエスとノーの比は三対一。桑原君、剣持君、桐生さんは昨日水筒を持ち込み、茅野さんは水筒を持っていなかった。

 しかしなぜ水筒の話なんて、と僕も首を傾げる。

 そのとき神の悪戯か、僕の頭脳にも電流が走る。……確かに水筒を持っていたならば、犯行は可能だったのかもしれないと。


「なるほど。まあだいたいわかったよ。――キュラ君、ちょっといいかな」

「え、なんですか?」

「話がしたい。一度外に出よう」

「……?」


 空先輩は感情を見せずにそう誘ってきた。これから解決シーンだと思っていた僕は、出鼻を挫かれたようで若干不満を抱く。しかし空先輩の真剣さを読み取り、結局は頷いた。


「わかりました」

「え、ちょっとどこ行くのよ!」

「その辺で考えをまとめてくる。こう見えて、キュラ君は優秀な助手なんだ」


 全く心の籠っていない称賛を口にしながら先輩は立ち上がり、オカ研の部室を出ていく。

 僕もその背に続く。ふと、退出前にオカ研の様子を確認しようと振り返ってみた。僕らの一番近くにいた、茅野さんの表情が目に留まる。


 ――おもちゃを取り上げられた子供のようだ。

 茅野さんの顔を見て、僕は失礼にもそんな印象を抱いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る