ヨモツヘグイ事件 問題編⑤
「次は密室検証か。茅野」
「なに?」
「饅頭は、確かに箱の中に入れたのかい?」
「ええ。全員で中に入れたのを確認したし、施錠してからも箱を振って感触を確かめたわ。中に何か、そこそこ質量があるものが入っていたのは確かよ」
茅野さんが部員たちに視線を巡らせて確認する。全員、頷いた。
「中に入れてから、施錠するまでに誰かが中身を入れ替えた可能性は?」
「え? ……ああ、そういえば」
「何かな」
「中に入れたのって、私が南京錠を買いに行く前だったわ」
「…………」
空先輩は、間抜けすぎて何も言えないといった様子だった。
「一応聞いておくけれど、帰ってきてから施錠するまでに、確認は?」
「して……なかったわ。たぶん。みんな止めなかったもの。だから私、誰も手をつけずに置いておいたんだとばかり」
「呆れた……」
「で、でも、鍵を閉めた後に中に何か入っていたのは確かよ! それに、箱を開けた時は包み紙しか残っていなかったし」
「包み紙? ……ああそういえば、開けたときのことを聞いていない気がするね」
「え? あれ?」
茅野さんがそうだったかと首を傾げている。この人、もしやちょっと抜けてる?
「まあその話は一旦後回しにしよう。後から何かを持ち込んだ可能性というのは……そうだね、箱がすり替えられている可能性は?」
「それはないわ。この箱のここの木目とか、私覚えてるもの。違う箱なら、木目がどこかおかしいはずよ」
「ふむ。茅野の保証だけだと少し弱いのだけれど。そこの、桐生さん? 確認してもらえないかな」
「ああ、はい、わかりました」
桐生さんは頷いて、小箱を矯めつ眇めつ観察する。
三十秒ほどの観察の結果、確かに木目は何も変わっていないと桐生さんは答えた。
念のために他二人にも確認を頼む。すると剣持君は木目の同一性を保証し、桑原君は木目など覚えていないと確認を断った。
まあ、木目を覚えていないというのは十分にあり得る。四人中三人の保証がもらえれば十分だろう。
「で、これが肝心だけれど、しっかり施錠されていなかった可能性は?」
「それはないわ。南京錠も部室の鍵も、施錠した後何回か確認したもの。部室の方は窓も含めて確認した。流石にそこまで間抜けじゃないわ」
どうやらすり替え警戒の件での間抜けさは自覚しているようだ。あまりに登場人物の行動がお粗末だとミステリーが興ざめなものになるから、ほどほどにしてほしい。
……そう思うのは、ちょっと傲慢だろうか。
「なるほど。では、抜け穴の可能性は? 鍵を使わずに部室に入れるとか、小箱自体に仕掛けがあって底が抜けるとか」
「鍵なしで部室に入れたら大問題じゃない。学校のセキュリティ意識どうなってるのよ」
「まあそうだね。これはあり得ないか。小箱の方は?」
「盗難防止にそんな適当な箱使うわけないでしょ。どう見ても仕掛けの余地すらないわよ」
先輩は小箱を弄りながら茅野さんの話を聞いている。自分でも一通り試してみて、底が抜けたりはしないと確認できたらしい。
「……さっきの南京錠、貸してもらっていいかな?」
「ん? いいわよ」
テーブルの上に置きっぱなしだった南京錠を茅野さんが拾って、空先輩に手渡す。空先輩はそれを使って、手早く小箱を施錠した。そして強引に、施錠された状態のまま小箱を開くことを試みる。
ワイヤーのリングが大きいせいか、小箱は少しだけ開いてしまうけれど、あくまでもほんの少しだ。すぐにワイヤーが突っ張って開けなくなる。強引に開こうとしても、最大で指一本挟めそうという程度の隙間を作るのが限界で、ここから饅頭を取り出せそうにはない。
「なるほど。まあ一つとんでもなくお粗末な行動が発覚したけれど、他に隙はないと」
「ええ。こっちも本気でやってるのよ」
「本気ねぇ……」
先輩は何か考え込むように帽子の鍔を摘まむ。
「まあいいか。それで、箱を開けたときの話を聞かせてもらえるかな」
「いいわよ。まず言っておくと、昨日部室の鍵を閉めてから今日の放課後になるまで、誰も鍵を借りに来ていないわ。それは顧問の古賀先生に確認済み。ほら」
茅野さんはスマホを僕らに見せつける。表示されているのはラインのグループトークで、『古賀先生、今日の放課後に私が鍵を取りに行くまで、他に誰か鍵を取りに来たりしましたか?』という茅野さんのメッセージに対し、『昨日、下校時刻に鍵を返された後、それっきりだよ』というメッセージが古賀という人物から届いている。少し確認させてもらって、その送り主がなりすましでないのもすぐに判明する。
「昨日の放課後、鍵を返却する前に誰かが使用した可能性は?」
「ないわよ。下校時刻になって、全員で返しに行ったもの」
空先輩が提示した可能性を茅野さんはあっさり否定する。
鍵を返した後に茅野さんがもう一度鍵を取りに行ったという線も、古賀先生のメッセージで否定される。下校時刻は二度来たりしない。
「で、今日の放課後になって、まず私が古賀先生から鍵を借りてきたわ。それで部室を開けて、その後は確か……桑原君、桐生さん、剣持君の順番で来たわね」
「つまり桑原君が来るまで、君は一時的に部室内で自由に行動できたと?」
「ええ。でも、それが何? 私は箱の隠し場所も知らないし、ダイヤル錠の番号だって知らなかったのよ? 四桁の総当たりなんて試す暇もなかったし。一人でいた時間なんて五分あったかどうかくらいよ」
「桑原君、それは本当かい?」
「茅野先輩がいつ来たかとか知りませんけど……まあ俺もそこそこすぐに来たんで。そんなもんじゃないですかね」
桑原君がめんどくさそうに答える。さっきから何やら考えている風なのに、さも興味がないように装っているように見える。
ただ証言が曖昧なのはどうにかしてほしい、と思っていたところ、剣持君が補足してくれる。
「茅野先輩のクラスって、いつも帰りのホームルームがすぐ終わるらしいんすよ。つっても、ホームルームの時間なんてどのクラスも大して変わんないはずなんで、まあ嘘じゃないと思うっす」
「なるほどね。それで、全員揃った後は?」
「桑原君に隠し場所から箱を持って来てもらって、桐生さんに鍵を開けてもらったわ」
「正確には開かなかったので、茅野さんに開けてもらったんですけど……」
茅野さんの言葉を、今度は桐生さんが補足する。
「ん? 開かなかった? どういうことかな?」
「私にもよくわからないんですけど、番号を合わせても開かなくて……」
「なんかダイヤルがうまく機能してなかったみたい。桐生さんに番号を聞いて、私がダイヤルを回しなおしたら開いたわ。まあ、百均のやつだしそんなものじゃない?」
……まあ確かに、百均で売ってる安物の南京錠なら、そういうことがあってもおかしくないような気はする。
「で、箱を開けてみたら……」
茅野さんが、先ほど空先輩が施錠してしまった小箱を開ける。
「これしか入ってなかったってわけ」
小箱の中身を見せつけられる。中には、開かれた饅頭の包み紙と思しきものがポツンと入っているのみ。当然ながら饅頭自体はそこにはない。
空先輩が包み紙を手に取る。きっちり平らになった包み紙は、乱暴に破かれたりしていることもなく、丁寧に開封されたことを示していた。犯人にはそれだけの余裕があったということだろうか。
とりあえず、これで開錠時の話も終了のようだ。ここにも決定的な不審さはなく、細工をする余地はないように見える。少なくとも、南京錠がうまく開かなかったからといって、それと饅頭が消失することには何の関係もない。
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