ヨモツヘグイ事件 解答編⑥
空先輩の信条を聞き終えて。
茅野さんはしばらくすすり泣きを続けた後に、ようやくポツリと口を開いた。
「ねぇ……私、何か悪いことした……?」
震えた涙声で、茅野さんはそんなことを口にする。
それはおそらく、今回の事件に関して言っているのではないだろう。
「私はただ……好きなものを、好きって、言ってただけなのに……みんな気味悪がって、私を遠ざけるの……」
「……残念ながら、この世ならざるものに惹かれるというのはそういうことなんだよ。キュラ君みたいに、小説が好きですと喧伝するのとはわけが違う。魔法とかオカルトが好きというのは、周りにはなぜか、この世ならざるものの語る言葉に聞こえるらしい」
空先輩の声には若干の不満が混じっているように聞こえた。たぶん、空先輩も納得はしていないんだろう。それでも事実を呑み込んで、空先輩は道を選んだ。
「でも、じゃあ……私、どうすればよかったの……?」
「悪いね。君の呪いは根が深くて、君のオカルトへの執着を消す方法は私にもわからないんだ」
空先輩は無情にも首を振った。茅野さんが見捨てられた子供のような顔をする。
それが本格的な泣き顔に変わってしまう前に、空先輩は言葉を紡いだ。
「だから、教えてくれないかな。どうすれば君は、オカルトの世界への執着を捨てて、こちらの世界に帰って来られる?」
「……。私は……」
茅野さんが言葉に迷う。口を開いては、言葉を呑み込み、顔を俯かせる。
空先輩に語るべきか、悩んでいるのだろうか。なにせ空先輩は、つい先ほどまで敵同士だったはずだ。そんな相手に自分の最も弱い部分を見せるというのは、やはり抵抗があるのだろう。
それでも、長い葛藤の果てに、茅野さんは呟いた。
「ただ、友達が欲しかったの……。私が好きなものの話をしても、ちゃんと聞いてくれる……私のことを否定せずに、話を聞いてくれるだけで……」
本当にオカルトを信じ込ませたかったわけじゃなかった、と茅野さんは語る。
「私とは、趣味が違っても、お互い好きなものについて話し合えるなら……ただ、それだけでよかったの……」
「……なるほどね」
涙で声がつっかえて、しゃくり上げる茅野さん。彼女の話を聞いて、空先輩は何やら考え込む素振りを見せた。
茅野さんが求めているのは本当に簡単なことだ。その要求を満たしてやる方法は、僕にだってわかる。
それは小学生でも当たり前にやっているようなことで、あれほどの難題を解き明かした空先輩にできない道理などない。
にもかかわらず、先輩もまた言葉に迷うように口を閉ざすばかりだ。
「茅野」
ようやく空先輩が、まずは茅野さんの名前を呼ぶ。
茅野さんは肩を跳ねさせ、おそるおそると言った様子で空先輩の顔を窺った。
本音を隠したがる空先輩と違って、茅野さんははっきりと感情が表に現れる。茅野さんは不安と期待が綯い交ぜになった瞳で、空先輩を見つめていた。
その瞳を受けた空先輩は、わざとらしく固くなった声を発する。
「……一応言っておくけれどね。今回の件、君を助けようと言ったのはそこのキュラ君だ。私じゃないよ。だから、私に変な期待をされても困る」
「え……?」
茅野さんの期待混じりの瞳が空先輩から逸れ、僕の方に向けられる。
一方の空先輩は、まるで後は任せるとばかりにそれ以上口を開きはしなかった。よく見るとその顔は、照れたように仄かに赤くなっている。
空先輩、ここで僕に振るとか正気ですか?
普段から魔法使いを名乗っているんだから、恥ずかしいことを言うのなんて今更だろうに。というか魔法を解くことが使命なら、その使命は責任を持って最後までやりきってほしい。
……本当に、仕方のない先輩だ。
そうやって心の中でため息を吐きながら、僕は茅野さんに向き直った。
「半分事実ですけど、半分嘘ですよ。空先輩、茅野さんを助けたがってたくせに、自分じゃ決心がつかないからって決断を僕に押し付けたんです」
「なっ、ちょっとキュラ君!?」
空先輩が声を荒らげるが、僕はやめない。先輩が僕を矢面に立たせたのだから、自業自得だ。せいぜい恥ずかしい思いをするといい。
「というか空先輩、さっきからずっと偉そうなこと言ってましたけど、実際は先輩もぼっちなんですよね」
「だから、キュラ君!」
先輩の手が伸びてくるが、あっさりと躱せる。魔法使いが暴力に訴えるなんて、勝ち目があるわけないのに。魔法使いは物理に弱いと相場が決まっている。
とはいえいつまでも攻撃を受け続けるのは面倒なので、僕はさっさと言い切ってしまうことにした。
「要するにですね。空先輩、茅野さんに友達になってほしいんだと思います」
「えっ……」
僕に向いていた瞳が、空先輩の方に向けなおされる。
明らかに先ほどよりも、茅野さんの期待は膨らんでいた。
もう僕の口を塞いでも無駄だと悟ったのか、空先輩は攻撃をやめて茅野さんに向き直る。
顔を赤らめ、拗ねたように空先輩は語る。
「か、勘違いしないでほしいけれどね! 私は使命に準じて君を助けただけで、君という特定個人に思い入れがあったわけでは全くないからね!」
ツンデレのお手本のような台詞だった。空先輩、あんまり漫画とか読まないから、たった今自分が墓穴を掘ったことにも気づいていないのだろう。
茅野さんはバッチリ気づいたようで、瞳から不安の色が消えていく。
「それでもいいなら、まあ、なんだ。私の使命を果たすために、君に友達が必要だというのなら……」
空先輩は表情を見せないよう、そっぽを向いて言った。
「私がなるというのも、強いて拒む理由はない」
空先輩がそうやって言葉を切ると、部室内はしばしの沈黙に包まれる。
ここまで来ても素直に言えないなんて、本当に可愛げのない先輩だ。
しかしどうやら、茅野さんは空先輩の真意を正しく受け取れたらしい。
「いいの……?」
「拒む理由はないと言ったよ。あとは君次第」
「……ん」
茅野さんはそれを聞くと、瞳の中に小さな決意を宿す。
どういう表情をすればいいのかわからないようで、茅野さんの顔色は曖昧に揺れていたけれど、やがて小さな微笑で固定される。
「空、あの、私……」
「何かな」
「私、空と……友達になりたい」
真剣な目が、そっぽを向いた先輩に訴えかける。
徹底的に本音を隠そうとする空先輩とは違い、茅野さんは望みをはっきりと口にする。その振る舞いは、僕には好意的に映った。
空先輩にはどう映ったのだろうか。
先輩はわざとらしくため息を吐くと、落ち着かなそうに帽子の鍔を弄りながら言った。
「やれやれ、仕方ない。そこまで頼み込んでくるのなら、まあ、なってあげようじゃないか。友達とやらに」
「……っ! う、うん!」
茅野さんは花が咲くような笑みを浮かべる。
可憐な笑みは空先輩の照れ隠しをも貫通したようで、空先輩もふっと小さく笑みを浮かべた。
どうやらいい友達になれそうだと、傍から見ていた僕も思ったのだった。
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