ヨモツヘグイ事件 解答編①

 オカ研の部室に戻ると、部員たちは着席して思い思いに話をしていた。

 ドアの音に反応したのか、全員の視線がこちらに集まる。

 先ほど事件の流れについて説明を受けたのとは真逆の状況。それでいい。

 今度のパフォーマーはこちらだと、空先輩は視線を受けながら堂々と四人に歩み寄った。


「謎は全て解けたよ。さあ、解答編を始めようじゃないか」


 先輩のそんな言葉に、茅野さん以外の三人が顔を見合わせる。

 茅野さんだけは、挑発的な表情で空先輩に目を向けていた。


「遂に死霊の仕業だと認める気になったかしら?」

「いやまさか。純然たる人間の犯行だと証明するために、こうしてわざわざ戻ってきてあげたんだよ」


 茅野さんの挑発に、空先輩もまた挑発で返す。


「へぇ。なら、証明してみせなさいよ」

「言われずとも。さて、まずはこの事件の容疑者について整理しようか。外部の犯行という線は、まあまずないと見ていい。予告状を出してまで饅頭を盗むというのも意味がわからないし、オカ研の作った障害を越えて盗難を達成できる人間がいるとは、とても思えない」


 空先輩が首を振る。


「部室の鍵、隠し場所、南京錠のどれかに必ず引っかかる。特に隠し場所が根拠として最も強力で、隠されて施錠された小箱の中に饅頭があるだなんて、知らなければ考えもしないだろう」


 言われてみればその通りだ。隠し場所という防衛機能はオカ研内部には効力をあまり発揮しない代わりに、外部には絶大な効果を発揮する。


「それから、顧問の古賀先生だったか。それも除外させてもらおう。教師がこんなことをするのはいくらなんでも悪ふざけが過ぎるし、予告状を出すほど自己顕示欲にまみれた犯人なら、この場に来ていないわけがない」


 ……仮に教師がこのようなことをやったとして、それが露見したらどうなるか。生徒を意味もなく不安がらせ、挙句部活から窃盗を働いた教師としてのレッテルを貼られることになる。そうなればもうこの学校にはいられなくなるだろう。もしかしたら将来的にも教職に就くことができなくなるかもしれない。

 饅頭はそんな人生を賭した計画を練ってまで狙うような宝物ではない。だから、古賀先生は犯人ではない。なるほど筋は通っている。


「次に共犯の可能性。例えば茅野と桐生さんが共犯の場合、問題なく犯行を済ませられるだろう。桐生さんが茅野に番号を教えてしまえばいい。この部屋に隠し場所なんてそう多くはないのだから、箱を探すのはすぐだ。今日の放課後になって一番早くにここに来た茅野は、箱を探してダイヤル錠を開錠。そのまま饅頭を食べ、箱を施錠して戻してしまえばいい」


 確かにそれなら犯行は可能だ。


「そもそも全員が共犯なら、もっと話は簡単だろうね。事件は全部でっち上げで、私はありもしない事件の真相を追い続ける道化ということになる」


 先輩は冗談めかしてそう言う。そこに負け惜しみの色は一切ない。


「でもね、そんな可能性は私の眼中にはないよ。仮に犯人たちの狙いがこの予告を達成することではなく、去年オカ研に恥をかかせた私に仕返しをすることだった場合、まあ好きにするといい。虚しい勝利に酔って、せいぜい打ち上げでもして楽しむんだね」


 突き放したような先輩の声に、この場の空気が少し硬化する。

 しかし僕は空先輩に同意する。登場人物が全て共犯など、それはもうミステリーとして成立しない。成立する場合があるとすれば、真相が推理できるよう、登場人物たちがミスをするとメタ的な都合で作者が定めた場合のみだ。それは推理小説であるからこそあり得るのであって、理不尽な現実の中では都合のよいミスなど生まれない。


「さて、では犯人はあくまでも単独犯と仮定して、推理を進めよう。犯人が行動を起こしたかもしれない時刻は、三パターン考えられる。饅頭が小箱に収められてから施錠されるまでの間、部室が施錠されている間、今日の放課後になってから小箱が開錠されるまでの間。この三つだ」


 先輩は三本の指を立てる。


「このうち、学校のセキュリティを信頼するのなら、部室が施錠されている間は無理筋だ。古賀先生の証言によると鍵の貸し出しはされていないからね。さっきも言ったけれど、古賀先生と口裏を合わせている可能性は考えないよ」


 あくまでも私が追うのは単独犯の可能性だ、と空先輩は釘を刺す。


「あと馬鹿な行動だとは思うけれど、可能性の話だけなら、部室から出ずに潜伏していた犯人がいたという線もある。ただしこれもすぐに否定できる。なにせ、昨日は部室の鍵を全員で返しに行ったんだろう? だから施錠された部室内部に残るのは不可能だ」


 先輩は立てていた指の一本を下ろした。


「次に、今日の放課後に茅野が部室を開け、そこから小箱の確認が為される前に犯行に及んだ可能性。このとき、最初に茅野が一人でいたとき以外は、誰も犯行に及べないということでいいんだろう?」

「ええ。そうよね、桑原君」

「まあ。そうなんじゃないですかね」


 茅野さんの確認に、桑原君は冷めた風に答える。保証が完全でないのがやや心配だが、まあいいだろう。


「そしてその茅野も、南京錠の番号を知らない以上は犯行を成し遂げるのは厳しい」


 先輩はまた、指を一本下ろす。


「では最後に残った可能性は、饅頭が小箱の中に入れられ、そこから施錠されるまでの間だ」


 ――残った指は一本だけ。

 そこが、犯人にとっての弱点なのだろうか。

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