第28話 情報収集
***
道下さんとは、ほとんど図書室の中だけの関係だったけれど、それでもその間は常に隣に座っていたのだ。
沙月が速斗に好意を抱いていることを察していたのかもしれない。
事故が遅い時間に起きたせいか、それとも交通事故自体が日常茶飯事の出来事でそれほど珍しくもないのか、現時点で沙月が詳細を入手することはできなかった。
分かっているのはトラックとぶつかったことにより速斗の両親は死亡、そして速斗とその兄は意識不明のまま病院に搬送されたということ。
それ以上の情報はしばらく出てこなかった。
どこの病院に運ばれたのか、そして速斗とその兄の容態はどうなのか。
考えたくはないけれど、もし最悪の事態になれば情報が更新される可能性が高い。
だから今は、何も情報が入ってこないということが、ある意味沙月にとって精神安定剤のようなものになっていた。
「滝沢君……」
今沙月にできるのは、無事であるのを祈ることだけだ。
自分の無力感に苛立ちさえ覚えてくる。ただの片想い。もしかしたら、このまま好きだと伝えられるチャンスは二度とやってこないかも——
頭の中はずっと事故のことでいっぱいだった。
一旦別のことを考えようとしても、物理的に頭を振って気を紛らわせようとしても、それが脳裏から剥がれることはなかった。
相手のトラックの運転手も同じく怪我を負って搬送されたというが、そんな情報はどうでもよかった。
事故が起きた原因、どちらに過失があるとかはこれから明らかになってくるだろう。
というか、沙月の中では既にトラックの運転手が悪いという一方的な決めつけがあった。
そこぐらいしか、今のやるせない思いと怒りをぶつけるとこがなかったせいかもしれない。
***
「そろそろ帰るわよ沙月」
「ええ」
気がついたら朝の9時を回っていた。
特に何もしてなのに時間だけが飛んだ感覚だ。
母は昨夜のハイテンションは一体どこに消えてしまったのか、いつもの静かな母に戻っていた。
元々息抜きのつもりのプチ旅行でここまで娘が意気消沈する羽目になるなんて、母は思いもしなかっただろう。
もちろん母は事故のことなんて知らないし、感情を表に出さない沙月の心境は理解できていない。
せいぜい、また今から受験勉強が始まって憂鬱になっているのだろうと思っているぐらいだ。
帰りの電車に揺られている間、運よく空いていて座ることができたので何となく単語帳を開けていたけど、一つも頭に定着することはなかった。
文字通り目にした単語が、そのまま頭をすり抜けていくみたいに。
——このまま勉強なんてしても、ただの時間の無駄にしかならない。
沙月自身もそう強く確信していた。
速斗のことが気になりすぎて、それ以外のことに身が入るはずがないのだ。
新聞やネットの情報を伝うだけでは心もとない。
閉鎖された田舎というわけではないが、こういうのは案外学校の誰か——つまるところクラスメイトや速斗の友人が最新の情報を握っているのではないか。
そう考えた沙月はさっそく狙いを中学の同級生に絞り始めた。
——結論から言えば、沙月の作戦は成功といってよいほどの成果をもたらした。
まずは最初に事故のメッセージを送ってくれた道下さんと連絡を取る。
道下さんは沙月と違って学内での交友関係はそこそこあったため、多方面から情報を得ることができた。
今では中学生でも皆当たり前のようにスマホを所持している。
沙月も初めて買ってもらった時、両親から昔はそんなことあり得なかったと言われたのを思い出していた。
そして肝心の速斗のことに関してだが、沙月の考えていた通り一晩のうちに噂はかなり広まっていた。
実は事故のニュース自体はテレビでもチラッと流れていたらしい。
それでも主婦の井戸端会議じゃないけど夜遅くに起きた事故の話題は、タチの悪いウイルスの如く瞬く間に知れ渡っていたというわけだ。
沙月の元にもたらされた情報は全て事実だと確認できる術はいまのところない。
もしかしたら真実とは全く異なるものも混じっている可能性だってある。
その中でも確実だと言えるのが、今速斗とその兄は健在だということ。
そしてどこの病院かも特定されている。
とにかく一番気になっていた安否確認ができただけでも大きな収穫といえよう。
一部ではもう既に……みたいな拡散もされているらしく、危うくスマホを壁に投げつけるところだったのだ。
そんな悪意のあるふざけたことを言っているのはどこの誰か。
絶対いつか酷い目に合わせてやると誓う。
それから三日後——
それまでずっと眠り続けていた速斗が目を覚ましたとの情報が、沙月の元に届いた。
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