第13話 零れた言葉
***
俺が発見した短文の法則に則れば、平野の機嫌は非常によろしくないということになる。
そもそもあいつが俺を家に呼び出すのはこれまで全て同じ理由だったから、多分身体の方は元気のなのだろう。
けど本当に体調が悪い可能性もゼロというわけでもないので、念のため差し入れというかスポーツドリンクやゼリーを持参することにした。
学校への欠席の連絡は自分で入れた。この一年間無遅刻無欠席で真面目な学生として過ごしてきたおかげか、風邪をひいたと言ったらすんなりと信じてもらえた。
そしておばあちゃんには、体調が悪いから病院に行くと言って家を出た。
元々俺がふらっと家を出ても何も咎めたり詮索してこない人だから、今日も『気をつけてね』の一言で送り出された。
平野の家には自転車で向かった。本当はゆっくり歩いていこうかなって思っていたけど、そのせいでうっかり補導でもされたらたまらないから、なるべく早くつけるように自転車を選んだ。
平野からは今朝メッセージが一件届いていて、玄関の鍵は開けておくから勝手に入っていいよってことだった。
俺は自転車を駐車場の隅に止め、言われた通りインターホンを鳴らさずに戸を開けた。
今の音で平野も気づいたとは思うが、一応お邪魔しますと一声かける。
いつも通り階段を上り、部屋の扉をノックしようとしたら「入っていいよ」と奥から平野の声がした。
俺は遠慮なく扉を開けて中に入る。平野はベッドに仰向けに寝転がったまま、顔だけをこっちに向けた。
「ちゃんと来てくれたんだ」
「来いって言ったのはそっちだろ」
俺は荷物を置いて床に腰を下ろす。
「人生で初めてだよ、学校サボったの」
「それは俺もだ。ところで昨日は何で早退したんだ? 俺が出た後に何かあったのか?」
「んー、そろそろ滝沢も行ったかなって思って出ようとしたら、ちょうど保険の先生と鉢合わせてしまって、それで咄嗟にしんどかったからベッドで横になってたって言ったんだ」
「そしたら帰らされた?」
「そういうこと。けど別に滝沢のせいなんかじゃないからね。そもそも誘ったのはわたしの方なんだから」
平野はああ言っているけど、先生と鉢合わせた原因は俺にあると自分が一番分かっていた。
あの時平野は一分後ぐらいに出ると言っていた。しかし俺が廊下で沙月と話していた時間は少なくともその倍はあった。
けどその間扉は開かれず、平野が出てくることはなかった。
それはなぜか――予想することはできるけど、本人の口から語られない限りはその予想が正しいのか知るすべはない。
でも今この瞬間、学校をサボって俺と平野がここにいることが一つの答えになっているのではないかとも考えられた。
「なあ平野」
「なに?」
「そっちに行ってもいい?」
「うん……」
平野は小さく頷くと壁の方に移動して、俺の分のスペースを開けてくれた。
結局俺たちは口で語ることはできず、ただ本能に任せて肌を重ねることしかできないのだ。
俺は平野の身体を好き勝手にすることができるけど、それでも心の内は支配することができない。
二人でどこか出かけたり、ご飯を食べに行ったりというようなことは、この一年間で一度もない。
多分手も繋いだこともない付き合いたてのカップルの方が、互いのことをより深く理解し合っていると言ってもいいだろう。
俺たちは一応付き合っているという体ではあるが、実際に恋人らしいことはベッドの上でしか行っていない。
こういう時はいつもなら平野の方が激しく求めてくる時が多いのだけれど、今日は少し違った。
俺が口や指で平野の感じる部分に触れると、前まではよく『そこじゃない』とか、『ちょっと痛い』とか文句を言うことがあった。
けど今日はそんなことを一切言わず最初から俺に委ねるように、終始大人しく俺の為すがままになっていた。
終わった後も普段なら絶対にしない恋人つなぎをしたまま離そうとせず、俺の胸に頭を乗せて乱れた呼吸を整えていた。
——決定的にこれまでと変わったのが、二回目の最高潮に達したときだった。
いつも周りや近所のことなど一切気にすることなく、俺が動くたびに大きな声を漏らしていた平野だったが、今日はずっと口元を引き締めて我慢しているようだった。
それでも小さくか細い喘ぎ声が、そのギャップも相まって逆に俺を刺激していた。
その時俺は平野の上に覆いかぶさる形でいた。平野はがっちりと俺の背中に手を回し、自らも俺の動きに合わせて腰を揺らしていた。
そして、浅い呼吸を繰り返す平野の口から零れた一言を俺は耳にする。
「——滝沢……好き…………」
直後、俺の中の全ての欲望が放たれた。
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