第14話 沙月の追及
俺はあえて蒸し返すようなことはしなかった。弄っていい境界線を越えているような気がしたからだ。
その話をすることで、俺たちの関係が終わってしまうのではないかと感じていた。
平野のさっきの言葉は無意識なのか、それとも意識してのことなのか。どっちにしろ意味合いは変わらないんだろうけど……。
平野に三回目を求められたけど、断った。また同じ言葉を聞くのが怖かった。
俺は一体何を怖がっているのか。説明しろと言われたら難しい。けど今はこれ以上平野と一緒にいてはいけないと思った。
今日はあまり調子がよくないと言うと、平野は「分かった」とだけ言い、最後にシャワーを借りて今日はそれで解散となった。
俺たちは口約束だけで結ばれただけのパートナー。それを改めて認識させられた。
玄関口。いつものように見送ってくれた平野は帰り際に言い放った言葉を思い出す。
——しばらく会うのは止めようか。
でも学校ではこれまで通りでいくらしい。つまり俺が放課後や休みの日に平野の家に行くことがなくなっただけ。これからはただのクラスメイト。そういうことなのだろうか。
直接関係を解消しようとは言われなかった。でもこうなったのは紛れもなく、さっきのあの瞬間がきっかけになったことには違いない。
——絶対にわたしのこと好きになっちゃダメだよ。
——わたしが滝沢のこと好きになるわけないじゃん。
一年前証拠として動画でも撮影しておけばよかったな……。
とはいえ、そんな後悔をしたところで現状が何か変わるわけでもない。俺は平野の提案を受け入れるだけだ。
今はまだ――
自転車を漕いで家に帰ってきた俺を家の前で待っていたのは、おばあちゃん――ではなく。
「風邪をひいた割には随分と元気そうね」
沙月だった。
「何で……」
「明日は入学式だから今日は午前で終わりなのよ。どうしてあなたが知らないのよ」
そういえばそうだった。最近考え事をしている時間が多くて、先生の話を聞き流すことが多かった。けど俺が訊きたかったのはそっちではない。
「俺の家誰かに教えてもらったのか?」
「ええ、本当はさっき田城くんと一緒にお見舞いに来たのだけど誰もいなかったから諦めて帰ることにしたのよ」
「帰ってないんですが」
「帰るふりしてまた戻ってきたに決まっているじゃない」
「そのまま誰も帰って来なかったらどうするつもりだったんだよ」
「待っていたわ。あなたが帰ってくるまで、何時間でも」
平然と言いのけてみせる沙月。さすがにそれは冗談だとは思うけど、沙月が言うともしかしたら……って思ってしまう。
おばあちゃんは多分買い物にでも出かけているのだろう。
まだ帰ってきていないところをみるに、店で知り合いに会ってそのまま話し込んでいるんだと思う。そうなら一時間とかは当たり前に井戸端会議が続く。
「わざわざ来てくれたことには礼を言うけど、俺は大丈夫だから」
何となく、今沙月と二人きりにはなりたくなかった。ほんの僅かでも沙月に隙を見せたくなかった。
それだと俺が平野の件に対してショックを受けているみたいだけど、実際少なからず自分の中で動揺はあった。
本当に風邪をひいたのかって錯覚してしまうぐらい、平野の家からの帰り道から軽い頭痛がして、自転車を漕ぐときもかなり足が重く感じていた。
「今日平野さんも休みだったわ」
俺の心の内を見透かすかのように、沙月にはその名前を出す。遠回しに帰ってと言ったつもりだったけど、完全に無視されている。
「昨日早退したからまだ治っていないんじゃないの」
「実はあなたの家に行く前に、平野さんの家に行ったのよ」
じんわりと、背中に汗が伝う。ここから先は危険だと、脳が警鐘を鳴らし始めた。
平野の家も蒼樹に教えてもらったらしい。あいつが平野の家の場所を知っていたのも意外だけど、問題にすべきはそんなことではない。
「……それで?」
「インターホンを押しても誰も出なかったわ」
「しんどくて寝てたんじゃないのか?」
インターホンなんて俺は聞いていない。いつだ……?
考えられるのは一回目が終わってまどろんでいたら、気づかないうちに寝てしまっていた時、それかシャワーを浴びていた時だ。
時間はどっちも十分ぐらいだった。けど平野が出なかったということは、寝ていた時か……? 平野が居留守を使ったという線もあるけど……。
ハンドルを握る手は汗でびっしょりだった。額にたまった汗が冷えて、風が吹くたびに身震いしたくなる。
「わたしもそう思ってその場を後にしたのだけれど、その時たまたま駐車場を見たらおかしなことに気づいたのよ」
「……おかしなこと?」
沙月の眼鏡の奥にある黒い瞳は、俺の方を見ていなかった。
「確かここの高校って自転車通学するときは、専用のステッカーを貼らないといけないのだったわね。けどそのステッカーが貼られた自転車がなぜか二台置いてあったのよ」
「……買い換えたとかじゃないのか?」
「どちらも綺麗だったわ」
「兄妹のとか……?」
もうとっくに沙月の言いたいことは理解していた。自分でも見苦しい言い訳だなって思うぐらいだから。
これじゃあまるで推理小説の探偵と犯人みたいだ。
「ふーん、じゃあ後で平野さんに確認してみるわ。あなたに滝沢って名前の兄妹はいるかどうか」
沙月は後輪の泥除けに貼られている黄色のステッカーを撫でるように触りながら、もう一方の手で俺の頭を鷲掴みにする。
ここまで来たら、もう全てを告白するしかないのか――
徒歩通学の俺が念のためにとステッカーをもらっておいたことが、まさかこのような災厄を引き起こすことになるとは。
平野のことで既にいっぱいいっぱいだというのに想定外の事態に巻き込まれ、俺の頭はパニック寸前だった。
嘘をついていたことは確かだけど、なぜそれで沙月はこんな怒りモードになっているんだ……?
「……とりあえず、家に上がる?」
「うん」
さっきまで冷たかった沙月の声音が柔らかくなったのが、逆に怖かった。
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