第34話 変化

***


雪島さんと連絡先を交換し、それじゃあさようなら……という空気でもなかったため、途中まで一緒に帰る流れになった。



「家はここから近いの?」



「高校の方なんで少し離れてます。先輩もですか?」



雪島さんの視線が俺の自転車を捉えていた。今日来たときに見慣れない白いママチャリが置いてあると思っていたけど、雪島さんのものだったのか。



俺も大まかな家の場所を雪島さんに説明する。



別に家を知られたってどうってことないけど、そうすれば雪島さんの方も言わなきゃって思われたら困るから敢えてぼかしておいた。



道中は特に会話はなかった。



まあ互いに自転車に乗っているから話しにくいってのもあったし、そもそも数時間前に出会ったばかりの人と俺とでまともに会話ができるとは思えない。



今夜は風もほとんどなく肌寒さを感じなかった。



隣の雪島さんをチラりと見やると、気配に気づいたのか小動物のような仕草で首を傾けて、瞬きをして見せる。



「どうかしましたか?」



「いや、気持ちよさそうに漕いでるなって」



「今日はちょうど心地よい気温ですからね。それに労働のあとの帰り道って妙にテンション上がりません? まあまだ二回目なんですけど」



「その気持ちはよく分かる」



わざとやっているのか素でそれなのかは判別できないが、自然と相手の警戒心を解くにはこれ以上にない表情と仕草、そして透き通るような声の響きを感じる。



もし俺が沙月と平野に出会っていなければ、普通に勘違いをしてしまってもおかしくないぐらいだ。



良くも悪くも耐性ができているのか、今のところはアイドルやモデルを可愛いなと思うのと同じような気持ちを抱いていた。



「——ではわたしはこっちなので失礼します」



「ああうん、お疲れ」



「はい! お疲れ様です! 速斗先輩!」



最後に手を大きく振って、雪島さんの姿は瞬く間に暗闇の中に消えていった。



速斗先輩……って今名前で呼ばれた……?



今のはさすがに不意をつかれ、わずかに身体が硬直したような感じがした。



……そういえば、雪島さんが去っていったあの方向、平野の家の近くだな。



少し体温の上がった頭の熱が下がった頃、ふとそんな事を思い出す。



まあだから何だって話だけど。



俺もさっさと帰ろう。






帰宅してすぐにお風呂に入り、おばあちゃんが用意してくれていた肉じゃがを食べ終え、寝る準備をする。



ベッドに寝転んだ俺はスマホを確認し、メッセージアプリを開く。



雪島さんからメッセージが——届いてはなかった。



時刻は夜の11時を回ったところ。



特に何かを期待していたというわけではないけど、残念だと思ってしまったということは心のどこかで期待していたということなのだろうか。



その後30分ほどゴロゴロしながらゲームしたりSNSを眺めたりして、日付けが変わるタイミングで寝ることにした。



結局その間スマホには誰からもメッセージの通知はこなかった。



一度夜中のテンションでこっちから何か送ってみようかと思ったけど、止めておいてよかった。



多分明日の朝起きたら死ぬほど後悔していたと思う。



きっと雪島さんはバイトで疲れてすぐに寝てしまったんだろう。



勝手にそう推測し、俺は部屋の電気を消した。







***


朝起きて寝ぼけなまこでスマホの充電器を外した俺は、新規メッセージの通知を告げるランプの光で一気に目が覚める。



相手は雪島さん——ではなく、残念ながら沙月からだった。



ガッカリ……今俺はそう思ってしまったのか……?



自分でもなぜだか分からないけど、どうにも昨晩から雪島さんのことばかり考えてしまっている。



今までバイト先ではずっと下っ端だった俺に後輩ができて、少し調子に乗っている部分があったのかもしれない。



冷たい水で顔でも洗えば、きっとこの熱も治まるはずだ。



その前に、沙月からのメッセージを確認しておく。



この前家に来て以来、沙月とも平野と同じように妙な距離感が生まれてしまっていたんだけど、一体何だろうか。



送信された時間は深夜ではなく、朝の5時となっている。今から1時間以上も前だ。



「一体どれだけ早起きなんだ……」



肝心の内容はたった一文。



『今日あなたの家に迎えに行くから、一緒に登校しましょう』



絵文字も顔文字もスタンプもない。今どきの女子にしては、沙月はいつも大体こんな感じなんだけど……。



何となくいつも以上に圧を感じる。そこに本人はいなく、画面越しだというのに。



正直気分的にも普通に断りたかったけど、それが無駄だということは俺が一番よく分かっている。



ちょうど沙月とも色々話したいことはあったし、沙月の方からアクションをかけてきたということは、まあかの文面通りだけということはないはずだ。







そして1時間後——






「おはよう速斗。わざわざ外に出て待っていてくれていたの?」



「おはよう沙月。少しでも早く会いたかったって言ったら信じる?」



俺の頭の中には、あの日の沙月の涙が強い記憶として残っていた。



けど沙月は、そんなことなどまるでなかっかのような振る舞いで——いつも通りの余裕ぶった涼し気な態度で俺の前に現れた。



「そんなことを訊ねるなんてまだ寝ぼけているの? 彼女が彼氏の言うこと信じないわけがないじゃない」

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